幸あれと、願う心で *


・オリキャラ発生
・微天女様話





「ご主人!ご主人どこですか!?もうっ、なんですぐにいなくなってしまうの。」
「儂が探しにゆこう。そなたはここで待たれよ。」
「いえそんな!先輩はお休みになられてください。私、探して参りますので。」

羽織を手に社を飛び出した少女は、神に仕える器である。名を幸といただき召し上げられた、死霊であった



川辺を探し商店街を探し公園を探し、いつもぽっと消えてはお土産を大量に抱えて戻るご主人がいそうなところは粗方探し終わる
願いを叶えて帰り疲れたと寝床で丸まっていたのはつい先刻だというのに、思い立ったが吉日が座右の銘だというその行動力には本当に脱帽。足が痛い

向こうから人間が六人。どうせ私は見えないだろうけどすり抜けるのはなんかなと道の端に寄ってすれ違う
仲良さそうだなと横目でみてから前に戻すと、肩を強い力でつかまれ危うく着物が脱げかけた

「***!」
「・・・え、」
「***じゃないか!なぜそのような格好をしている?」
「ていうかみんな同じ歳だから***もかと思ってた、違ったんだね。」
「見つからないはずだ。」
「あ、もしかして今は***じゃなかった?覚えてない?僕伊作だよ。あの時のこと謝りたくて、ずっと探してたんだ!」

振り向かせられて、まさか六人が六人とも見える人間だったなんてと思わず逃げようとした私は、腕をつかまれ引き寄せられる

「幸嘉!幸嘉お前なにをしているのだ。」

スギンと頭が痛くなりだして青ざめる私はご主人の声だと上をみあげ、ストと着地したご主人に大粒の金平糖が入った可愛い小包を押し付けられた
ご主人は心配そうに六人の青年から私を引き離す。もう何百年も神職を共にしたご主人のこんな顔、久方ぶりだ

「***は幸嘉って名前になったんだな!」
「ッ!」

ドクンと心の臓が張り裂けそうなくらいはねる。息もできずご主人に縋るように崩れ落ちた私を見てから、ご主人は貴様らと六人を鋭く睨みつけた

「***、***?わたしノ、ナマえ?」
「どうしたんだ***!大丈夫か」
「貴様らよくも・・・」

手から落ちた金平糖が、私自身に感じた

景色が歪む。口から変な歪んだ声がでて、叫び声に変わる。体中が痛くて頭が割れてしまいそう。ザーッと一気に憶えのないはずの映像が流れて、私のナマエだっていうコトバを連呼した

「ぁアあ゛あ゛あ゛ア゛ァァ゛ァァぁあぁ!!!」

叫んだ。叫んで、暴れて、痛くて、苦しくて、憎くて憎くて憎くて辛くて切なくて、
それで、悲しい。悲しい、ご主人、ご主人痛い、痛いの助けてください、ご主人

「幸嘉っ、幸嘉すまないっ!すまなかった、私が名を与えたというのに!」

ご主人、ナ、かナ、ィ、で ?





幸あれと、願う心で





「お願い信じてっ!私本当になにもしてないの!天女様には指一本だって触れてないわ!」

降り注ぐ刃。突き刺さる言葉。抜けられない穴の底で、***はひたすら地上へ手を伸ばす。その手を刃が原型を留めぬまで貫こうが構わず、自分は無実だと訴え続けた。例え薬で麻痺した舌やノドが言葉をしっかり作らなくとも、六年の付き合いだ何を言っているかは分かるはずなのだから

「見苦しいぞ。」
「もういいんじゃない?」

ポーンと投げ込まれた宝禄火矢の導火線は少し長い。血でぐしょぐしょの土をかければ爆発しなくなるが、痺れ痛む体は狭い穴の中ですら身動きは出来ず
手を伸ばした筈も手首から先まで徐々に削がれて原型のない手はなんの役にも立たなかった

「お願いっ、たすけ、助けてっ、」

導火線が目の前ですり減っていく。心の蔵は煩く暴れて、その場に何度目かの嘔吐をする
血の混じった胃液のニオイももうわからず、導火線だけをみる***はとうとう球まで到達した火に歯を食いしばったまま泣き笑いの表情を浮かべた。諦めと絶望とが混じる、穴の外にいる者たちを実に満足させるものであった



「お前野良ではないな?」
「のら・・・?」
「名はあるか。」
「いえ、あの・・・どちら様で?」
「私は神様だ。丁度長年連れ添った僕が年だと言うのでな、新たな僕を探しているのだ。あやつ、死霊は不老のくせに異なことを。どうだ、私とこないか。」

少し考え静かに頷いた***は、ぽぅと光る男に魅入る

「諱を握りてここに留めん、仮名を以て我が僕とす。名を訓いて器は音に、我が命にて神器となさん。名は幸(さち)器は幸(こう)、来なさい、幸器。」

キンと耳鳴りのような音が鳴り、***は薙刀と容を変えた
満足げに頷いた男は***を元の姿に戻すと、幸嘉。と嬉しそうに名を呼ぶ

「さち、か?」
「幸せに嘉と書いて幸嘉。私が召し上げたのだ、その名の通り幸多くあれ。」
「嘉・・・」
「私の神器は男ばかりなのだ。嘉の字は女にもよいとは思うぞ。」
「・・・私、なにをすれば?」
「願いを叶え続け、永い時を共に過ごすのだ。」

さあ行くぞと手を引かれた***は一度だけ振り返ると、男だけを見て自分の名を口にしながらはにかんだ



(31/79)
[back book next]