運命の人


ソレは黒いタールのようだと、異人である父はよくいっていた
最初はなにか分からなかった僕は、タールが油よりドロドロした何かだというのを知りソレがよくないものだと知るまでに時間をかけなかった
ソレは生き物のように蠢いて、人そのものがソレだと僕は未だに思っている

母の顔はわからない。父は、金の髪に灰色の目を持つ笑うとすぐ頬が染まる人だった

「なんで、アレと一緒なの?」
「ママ、あれ、だめ。わかる?」
「アレこわい。僕に付く、痛い。」
「ママ、痛い、ない。」
「・・・痛い。いや。痛い。苦しい。」

父が母を連れて僕を金楽寺という場所に預けた。捨てられたのだと青ざめた僕は、和尚さんから違うのだと言われてもわからなかった
その時気づいた。僕は父に守られていたことを
父がいなくなった途端、ソレは僕に触手を伸ばし障られたとこは泣き叫ぶこともできないほどの痛みに襲われた
なにより、僕は、父の背が離れていくにつれて、普通に話しかけてくれていた和尚さんの声がノイズにしか聞こえなくなってしまったんだ

「忍術学園?そこに行くとなにある?」

僕が前のように声を理解できるようになると書く和尚さんは、僕に地図を渡して頑張りなさいと書いてくれた
僕は、親の代わりである和尚さんに頷いて、のびてくるソレから逃げるように金楽寺の階段から跳ぶ
階段の中腹辺りで一度着地してまた跳べば、父とする夜の木の上での散歩を思い出した

灰色の目はここじゃ珍しいからと、前髪をおろした。金より白に近い髪は隠せないから、頭巾に全部しまった
誰とも目をあわせず触れあわず過ごす集団生活の中で、僕は確実に磨り減っていつだって泣きそうになっていた

「に、にいのせんせぇ、」

痛い。痛い、また、障られちゃった。無理だよ、こんな人がいる場所で触られずに過ごすなんて
集団生活二年目になって一年目よりよくはなったけど、先輩方は僕を何かと気遣ってくれるし僕も筆談用の紙と筆でコミュニケーションをとるようになったけど
でも、痛いものは痛い。厭なものは厭

「えっと、」

目の前に、ソレが見える。情けない声で呼んだから聞き取れなかったのかもと、保健室の戸をしめてソレに近づく
ソレは動かず座っていて、新野先生?と声をかければノイズを発して立ち上がった

「また、休ませてください・・・」
「耳が聞こえてないにしてははっきり発音するね。」
「あの、新野先生?」

何かが違う。ソレはいつものように僕に触ろうとするのに、そこから指が出てきたんだ
どういうことなのかとわからず触れる寸前に跳んで部屋の隅に逃げ、新野先生じゃないと首をふる

「当たり。ねえ、目が見えないの?」
「ッ!!」

一瞬で目の前にきたソレが肩をつかみ、息もできないような痛みが全身を巡って、なんで僕ばっかりと涙が溢れた

「あれ、泣いちゃった?」
「っ、ひぐっ、ぅ、」

指先が痺れて、冷えて、身動きのとれない僕にソレは目の前の人から全部で襲いかかり、僕は絶叫しながら身を丸めた

「ちょっと、大丈夫?おじさんでよければ何かするよ?」

大きな手が僕の手をつかみ、ひょいと抱き上げられる。薬棚の前におろされた僕はひかない痛みに泣いたまま、ノイズに首をふるばかり

「じゃあ失礼するよ。」

しゅるっと腰紐が解かれ、着物がはだけさせられる。その人は自分の塗り薬を取り出して何かいいながら、僕の最初につかまれた肩に触れた

「私の手形だね。これが効くかわからないけど、まあ後で手当てし直してもらいな。」

肩、胸、脇腹、足、腕、ソレが障ったとこに塗り薬なんて効かないのに、その人はごめんねと小さく零して僕の着物を整えていく

「・・・え?」
「ん?」
「・・・か、顔!?」

今?と首を傾げたその人は、包帯だらけの大男。姿の見えたその人は僕に曲者だよと笑って、僕を膝に乗せた

「力をいれたつもりはなかったんだけど、痛かった?」
「い、いたかった、」
「いろんなとこに痣があったけど、誰かにやられたの?」
「ソレが、僕に障ったから・・・」

ソレはその人の後ろで蠢いて、物欲しげに触手をのばす。こわいとしがみついた僕は君にはなにがみえてるんだろうねと前髪が払いあげられて、黒い目が僕の目を覗いた

「・・・綺麗だねぇ、それ。」
「・・・?」
「薄い灰色の、綺麗な目だね。髪色もきらきらしているし、南蛮の血かな?」
「異人だって、いってた。」
「足がいいのは親譲りかい?」

うんとうなずけば、その人は僕の乱れた頭巾をとって手櫛で髪を整えると、私に頂戴と笑う
少し間をあけて僕は苦無で髪を結っている根元から切ると、驚くその人に差し出した

「・・・時々、お話してくれる?」
「・・・友達いないの?」
「いない。顔も言葉もわからない。僕、父とあなた以外の顔、知らない。」

首を振り続ける僕の顔をつかんでやめさせたその人は髪を受け取って目を瞑ると、またねと僕を膝からおろして消えてしまった
すぐあと保健室にはお茶くさい別の人が入ってきて湯飲みを手にしながら僕に雑渡さんはときき、僕は間違えたと筆記用具を探す先輩だと思う人に雑渡さんって誰ですかと首を傾げる
声がきこえるの!?と驚くその人にうなずいて、僕はようやく父の言っていた意味を知った





運命の人





「おはよう***。」
「・・・?おはよう、ございます?」

まだ夜ですよと目を擦る僕を膝にのっけたその人は、おじさんの名前はときいた僕に昆って呼んでよと笑う
昆さんと笑った僕は、僕がみえるソレやノイズについて話して、昆さんは難儀な性だね、業でもしょったかなと僕の頭をゆっくりと撫でてくれた

「笑うと頬が染まるんだね。」

頬を撫でる昆さんは、父にとっての母なのだろうか



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