見知らぬ場所に瞬間移動を果たした私は、私を囲む男たちに固まる。みんなの服が、雑渡さんが最初着ていたのと同じだから
「ざ、ざ、とさ、は?」
「捕らえて牢へ。」
中でも一番年上っぽい人のセリフで、私は腕をひねりあげられて後ろでがっちり縛られる
布を噛まされ目を隠され、寒くて冷たい石の上に放り込まれた
「っ、ぅ、う゛ーっ、」
助けて誰か!お願い怖いと足にヤスリかけ忘れたみたいにチクチクする木が枷みたいにされてるまま、私は芋虫のようにこの目隠し越しにも光が届かない部屋の中で隅っこを探す
みつけたそこに身を丸めて留まると、私はなにが起きたの?とひたすら泣いた
食事も与えられずトイレも行かせてもらえず、水ももらえない。強制断食断水となってるから、あんまりトイレに行きたくはならなかったけど、それでも誰も呼べないからその場に垂れ流してしまった
恥ずかしくて悔しくて情けなくて、そして惨めすぎる
「おい、厠くらい言えないのか。」
なんで口に布かまされてるのに何か言えると思うの、頭おかしいんじゃないの。でも、頭も口も満足に動かない。時間の感覚はわからないまでもお腹が減り過ぎて鳴らなくなってるのはわかるから、栄養がたりないんだ
「・・・死んだか?」
死んでない。でも、死んだも同然。唾液が乾いてかぴかぴになった布がはがされて、顔を上に向かせられて水が流し込まれた
突然過ぎて噎せてはき戻した私は、弱すぎだろと言われても涙もでない。ただゼーゼーと変な息使いで必死に身体を丸めて身を守る
「今組頭に処遇を聞けるような状態じゃなくてな。忍術学園が全焼するわ組頭の想い人がもう二度と会えなくなったらしいわで大荒れなんだ。だから、今日は始末をしにきた。嬉しいだろ?醜態晒して生きなくてすむんだからな。」
醜態は確かにそうだけど、好きで晒してるわけじゃない。頭おかしいんじゃないの、おかしいんでしょ
文句を言いたいのに、なにも出てこない。息をするとすえた臭いとかアンモニア臭とかで、また吐く
胃液もでなくて空吐きだからか、全然すっきりしない
「恨むなら、タソガレドキ城に侵入した自分を恨むんだな。」
黄昏時がなに?時間の話?勘弁してよ、これ、幻聴?夢?そっか、夢か。なら死ねば起きるのかな?早く喪服脱いでクリーニングださないと
雑渡さんは私が帰るまで夕飯食べないとか言ってたけど、遅くなっちゃったから食べといてくれたかな、ダメかな
なんだかすごくしたい気分だったのに、誘うタイミング逃しちゃったな
もうなんか全部いや。夢の中であれこれ考えなきゃいけないなんて、全然休まらない
いっそさ、夢の中でくらい現実全部忘れて頭ぱーになって空でも飛んでみたい。あははうふふな感じでさ、子供に戻って
「すごい臭いが充満してるけど、ちゃんと掃除してるの?」
「組頭が戻られた件でまた慌ただしくなり、疎かでした。」
「一人放り込んでるんでしょ?」
城に侵入した不審者。という声に聞き覚えがある、気がする
なんで早く言わないのとか見張りはとか、私のそばにいた誰かが組頭、今処分しますのでお出にならずともと不思議そうに離れていった
「・・・せめて排泄くらいは日に一度でいいから行かせてあげても、いいとは思うんだけど。」
「組頭が不在の中、余裕がありませんでした。」
「うん、わかってるって。謝ったでしょ?私だってどうにもならなかっ・・・」
組頭?という私を殺そうとした人が松明をと言われてなにか手渡してる。誰かが近づく度にぼんやり明るさが出てきて、目が痛くて目隠しの中で目を瞑った
「・・・この服、喪服?」
「喪服?その変な着物で喪に服すのですか?」
「ちょっと黙ろうか尊奈門。」
目隠しが外されて、なんとなく寒い。足枷が落とされ腕が自由になる
でも力なんて入らなくて、誰かに抱き上げられていつか嗅いだことのあるごちゃまぜの臭いに包まれた
身体がふわふわして、なんだか空に浮いてるみたい
0どころか−に
陣内が実は不審者が一週間ほど前から地下牢になんて言うから、いやなんで一週間も私に知らされなかったのかと言えば組頭が戻られたのは五日前ですからと回答のようなそうじゃないような答えを返された
まあいいやと尊奈門が始末する前に一目みとこうかと(体格からして町娘のようらしいから、どうやって侵入したのか。なんにせよ、バカだねぇ。)、私は陣内と地下牢へ
入った途端の排泄物と吐瀉物、そして死にかけの人の臭いにひどいねぇと思わず呟く
そこにいたのは、紛れもなく***自身だった。あの日意識を失う中きつく抱きしめていた、その喪服を纏う衰弱した***
「お知り合いですか・・・?」
「私の包帯の中をみても、私をもらってくれると言った、奇妙な子だよ。私の、久しぶりに心許せた子だ。」
頭を撫でれば髪が抜け、頬はこけて栄養が明らかに足りてない。脂肪や筋肉が生命維持のために削られたせいで細くなった身体は、軽すぎる
私が、連れてきてしまったんだ。そして、私は***を殺しかけていた
「陣内。」
「は。」
「く、組頭!?」
「助けないとね。」
一体どういうことですかと騒ぐ尊奈門を陣内が黙らせて、医者を呼びに行く。私は死んでるように眠る***にやり場のない怒りに囚われないようにするので精一杯
それから数日、漸く目を覚ました***は私をみて首を傾げると、舌っ足らずな喋り方で幼い声を発した
「あなた、だぁれ?」
「・・・雑渡昆奈門っていうんだ。君は?」
「あたしねー***っていうんだよ。」
「そう、可愛い名前だね。」
無理矢理連れてきてしまった罰なのかな、***は自分の名前となぜか空を飛ばなきゃということしか覚えていなかった
食事もぼたぼたと零して厠も満足にいけずにぼーっとすることが多いくせに、ふと目を離すと窓から飛び降りようとする。一回落ちて腕に木の枝が刺さったときは、少しだけ***がまともになっていた
「夢がさめない、早く起きないと、雑渡さんと夕飯食べて、包帯巻いて、喪服をクリーニングにだして、そうだ、タイミング逃しちゃったけどしたい気分だから誘ってみよう。あ、でも、雑渡さんも眠そうだったから、起こさないほうがいいかな。」
驚くほどはっきりつらつら話すのを聞いた私は、諦めきれない。いつか、***が元に戻るのではと
初対面のときの私や牢で過ごした時間を悪夢にみて飛び起きてはざっとさんざっとさんと舌っ足らずで、私の目の前で私を探して私を呼ぶ、その姿にすら
「ざ、とさっ、ざっとさ、ん、たすけ、」
「うん、ごめんね。また殺そうとしちゃった。」
首に私の手の痕をくっきりつけて噎せながら布団に潜る***は、我を忘れて襲う私を恐れて拒絶し、一緒に過ごした雑渡さんを呼ぶ
感化されておかしくなりはじめた私は、いつ、
ある晩夢をみた。私が、***の首を締める夢
夢の中の***はマトモで、逆に私が壊れていた
「ざ、とさ・・・よわくて、ごめ、なさ・・・」
首の折れる音がする直前に聞こえた声に、私の中で色んなものが引き裂かれてグシャグシャになる音がする
何をしているんだと私を殺せば、私は狂った***に変わってその首だけで笑い続けた
暗闇で何も与えられずに過ごす一週間がどれほど残酷かなんて、私はよく知っていたのに。私は自己防衛のために生まれた狂った***を責めて追い詰めてしまっているのではないか
こんな夢までみて、私は、そんなに***を殺したいのか
「夢じゃないよ、夢じゃないんだ。現実だよこれは。私が雑渡だよ。君が望む本人だ。なのになぜ、私を拒否して私を呼ぶんだ。」
私だって君に追い詰められてるよ。正体不明になった君に、私だって疲れてしまった
それでも私は君を手に掛けてはいけない。君を巻き込み無理矢理連れてきて、そして狂った君の何が悪いというのか
「きょひなんて、してません・・・」
びくっと強張った私は***のそばで座りながら寝ていたようで、布団からのばされた細い手が、指が私の足に触れる
そして、大丈夫です、何も怖くありませんといつかのように私を抱きしめてくれた