情が移ってから


凶となるか 続き

・「出会いは吉か」「凶となるか」で後味よい方は読まない方がオススメ
・人により「*」



素性のわからない雑渡という大男は、ガスコンロに驚きシャワーに驚き自転車に驚き洗濯機に驚き日々驚きに溢れ過ごす
そしてさっき、二十代半ばで未婚の私を可哀想な子を見る目で見やがった。失礼だ

「・・・怒ってる?」
「巻きにくいから動かないでください。」

ねぇ怒らないでよ、ごめんね?そう申し訳なさそうにする雑渡さんは、私には別次元のような大火傷を負っていた

替えがないから使っていた包帯をろくに洗わずまた身につけて、しかも、シャワーの使い方なんて知ってて当然の年だからと気にしないでいたら水を被るだけで汚れを蓄積してたみたい
それで熱傷が膿んで熱がでてようやく、何か古布はないかと聞いてきた
最初はわけが分からず何に使うのかと聞き返したら、包帯にするんだってわけわからない回答をもらう。意味わからなくて包帯なら買ってくるけど、どのくらい?と聞いたら、たくさん?と首を傾げられてこっちも首を傾げた
結局追い出すよといったら服を脱いで素直に包帯だらけの身体をみせてきたから、コスプレかなにかと思っていた私は慌てて病院に連れて行こうとして、後ろから羽交い締めにされるようにとめられた
行きたくないという雑渡さんは我が儘というより、こんな身体を他人に見られたくないと頑なで、私にも嫌かと聞いてしまった
躊躇いながらもいやいや頷いた雑渡さんに傷にくっつかないというガーゼや大量の包帯を買ってきた私は、包帯を解いたそれを見て絶句した
壊死した皮膚や真っ白になった皮膚が混在する身体と、鮮やかな赤色の顔。テレビとかであるような爛れた場所なんてわずかで、臭いもあいまったせいか私はその場で吐き気を催しトイレで胃が空っぽになるまで吐き続けた
自分でできるからと笑う雑渡さんがよけいに気持ち悪くて、辛い。できます、やらせて。そう言った私に、雑渡さんは顔を完全にみせないように伏きながらありがとうと呟いた

こうして日課となった包帯替えは朝と晩に私が、昼は雑渡さんが自分でという形になってる

「仕方ないじゃないですか、大学時代からの彼氏と別れたばかりなんです。」
「なんで?」
「なんでって、私が家に入るのいやがったから、が発端ですが。」
「いやなの?」
「専業主婦を穀潰しっていうくせに私にその専業主婦を希望する男なんて、モラハラのかおりしかしませんよ。お断りです。」
「それは矛盾してるねぇ。」

上達はしてるけどまだ下手な私に助かるよと毎回お礼を口にする雑渡さんは、皮膚の表面が厚く硬くなって(焼痂(しょうか)というらしい)動かしにくいだろうなって身体で私を迎えに来てくれたり料理の手伝いをしてくれるようになった
最初の私を完全に脅えさせた姿はどこへやら。いつだったか、魘されてる雑渡さんの手を握って大丈夫ですよと言葉+αで慰めた夜から、雑渡さんは私にぐっと優しくなった

「ていうか雑渡さん私より年上ですよね?雑渡さんは結婚しないんですか。」
「この怪我が原因で婚約破棄。それ以降縁はないよ。」

確かに、何年も前だっていう傷でグロテスクなのに、最初はまだましだったなんてありえないよね。そう思って無神経だったかなと謝った私は、気にしてないよという雑渡さんがこんなだしねとひらひらふる手をつかむ

「まだ、傷をみると気持ち悪くなります。」
「顔真っ青だもんね。少し横になれば?」
「でも・・・気を使ってくれるとことか、好きですから、やれます。」
「なんだか睦言みたいだねぇ・・・嫁のもらい手がなかったら、もらってあげようか?」
「無職が何言ってるんですか。私が雑渡さんをもらってあげるほうです。」
「ならもらってもらおうかな。」

私も案外君が好きだよと服を着た雑渡さんは、いつまでここにいるのだろう
約束の一週間なんてとっくにすぎて、それだけが私には気になった





情が移ってから





異様に眠たいなと***を待っていた私は、喪服で疲れた顔で帰ってきたその姿を抱きしめる
なんでかはわからないけど、そうしなければいけない気がして
私の腕の中でどうしてと零した***は、今日行ってきた遠縁の子のだという火葬で弱くて優しい性根のままに落ち込んでしまったみたい

「・・・雑渡さん、」
「なんだい?」
「・・・私、きゃっ、」

眠気に引っ張られるように崩れた私に押し倒されるように転がった***は、瞬きを繰り返す私に大丈夫ですかと問う
ああ、戻るんだな。そう思った瞬間に強く引っ張られる感覚を全身に纏い、私は***を抱きしめたまま意識を手放した


0どころか− へ続く


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