出会いは吉か




部屋に明かりがついてる、朝つけた覚えがないから昨日の夜からかもしれない
電気代がもったいないなぁなんてマンションの戸に手をかけてふと視線あげれば、電気が消えていた

「あれ?」

電気がついてる、目をはなす、電気が消えてる。つまり窃盗犯が潜伏中?と条件を足した答えに身震いし、警察警察とスマホを取り出す
ピロンと同時にメールが届きスマホを落としかけながらメールボックスをひらけば、遠縁の子からメールが一通。何かあったとき用に伝えておいたやつで、今まで数度しか使われてない

「妹さん?知らないけど・・・」

妹がお邪魔していませんかというメールに首を傾げながら電話をすれば、話し中で繋がらない。あんなに仲のよかった子たちに何かあったのだろうかとメールを返し、何やろうとしてたんだっけとぼけっと数秒
階段を昇ってる最中に警察だった!と気づきながらも扉の前に。勘違いだったら恥ずかしいからという小さく且つ私にとっての十分な理由により、そっと鍵を開けてゆーっくりと扉を開ける
しんとした真っ暗な我が家は一人暮らしらしく1Kロフト付き。玄関から真っ直ぐのびる通路のような場所にトイレのドアとお風呂場へのドア、そしてキッチンがあり、その奥にある引き戸形式のドアの向こうに一部屋
部屋の隅には二十歳の誕生日にと私が抱きつけるサイズのクマのぬいぐるみがお座りして、私の帰りを待ってくれてたりする
もう五年の付き合いで、どの彼氏より長続きだ

息を潜めて部屋を窓つきドアから覗き見て、みえる範囲に誰もいないのを確認するとじりじりと戸を引く
スムーズにレールの上をローラーが流れ、対角線上に鎮座するクマにほっと息を吐き出した

「なーんだ、やっぱり気のせいじゃん。」

なんだかいつもと違うように感じる室内の明かりをパチッとつければ、窓からは伺えなかった死角にある本棚がずれている。ぴったりと壁についているはずなのに
たたまれてる布団や雑貨棚にも違和感があって、あれ?と思う気持ちがスマホを握る手に力を込めさせる

「部屋、間違えてない・・・よね。」

ぽすぽすとクマの手に触って不安だな怖いなと作り物の目を覗くと、映る真っ白な壁に違和感が
振り返れば、白い壁に何かがこすれたあと。そっと近づいて触れれば、微かに手に移った

「っ、」

ふとみた扉から直線にある姿見の上の方、ロフトが微かに見えてるとこに人影が
頭の中が真っ白になってもつれる足で家から脱出しようと走る。やっぱり気のせいじゃなかった、人がいた!って、パニック

「ッ!!」
「どこ行く気?」

ドアノブを下げて開けた扉が勢いよく閉じる。鼻先で閉まった扉と、ドアノブを握ったままの手を包み込む遥かに大きな誰かの手
真後ろから聞こえた声は低くて、振り返ったらダメだと頭の中で自分が騒いでる

「ねぇ、どこへ行く気だったの?」
「っ・・・!」

耳元で優しく問う声は本当に、子どもに言い聞かせるように優しい。なのに、心臓を鷲掴みにされたように鼓動がはやくなる

「質問を変えようか。ここは君の住処であってるかな?」
「・・・っ、」

じわっと涙が浮かんで、ドアノブが手と一緒に元の位置に戻されるのを黙って見るしかない

「答えないなら、力づくで吐かせるけど。」

ちゃらららんと着信を知らせる音ではっと息を吸い込んだ私は、私の後頭部に突き刺さっていた視線がスマホを握る手に移ったのを感じて今だと扉を開けて外へ飛び出した
階段まで走りながら電話にでれば、遠縁の子の声が。向こうが何か言う前に助けてと叫ぼうとして、階段を一段降りたとこで背中を押される
一瞬時間が止まって、気づいたら踊場に伏せていて、通話中のスマホがカラカラ手から離れ誰かに拾われた

「へぇ・・・声が聞こえる。ねぇ君、今大事な話をしているから、後日にしてね。」

身体を打ったせいか痛くて仕方ない。でも逃げなきゃと起き上がって手すりをつかんで中腰になった顔の横に、スマホが叩きつけられる
壁に叩きつけられたスマホは簡単に液晶が割れてフッと明かりが消えた

「おいで。」
「っ、ぃっ、やぁっ、」

ぐいっと担ぎ上げられて、液晶に大きくひびの入ったスマホと投げ出されたバッグが拾われる
そのまま家に引き戻された私は、クマの目の前に放り投げられて悲鳴をあげた

「たすけっ、誰かっングッ」
「ちょっと黙ってくれるかな。」

振り返ってすぐ口元を大きな手が塞いで、右目以外を包帯と布に隠された大男が至近距離で視界に入る
手の下でなお叫ぶ私に目を細めた大男は、手にしていた荷物を床に落としてクマに何かを刺した
え、今なにか通った?と三度見くらいしたくなる速度で動いた手は、クマの脳天に細い金属の棒を突き刺したよう

「・・・え、」
「私の問いかけに答えること。騒がないこと。嘘偽りを口にしないこと。逃げ出さないこと。のめないなら、この人形と同じ姿になるからね。」

棒をそのままに、手品のように手に握られた逆三角の金属がザクッとクマの首を跳ね飛ばした
目を見開いて転がったクマの頭を凝視する私は、ガタガタと震える身体が呼吸を忘れてしまったらしく、息が出来ずにおかしな声を口から零す
おかしいと思ったのか、手がゆっくりと離れて、冷え切った私の頬に荒れた手が触れた

息ができない、助けて、視界がぼやける、頭がふらふらしてる。なんで私がこんな目に?
スマホの液晶割るほどの力って何?そんな簡単に割れるものなの?自転車運転中に落としても割れなかったのに?
ていうかクマの首落とすとか、なに?私の首も落とすよって言ってるの?
どうして、私、なの・・・?

「っ、は、・・・っ、ひゅ、」
「大丈夫かい?」
「ぁ・・・っ、あ゛、」

弱いねぇとため息をついた大男は、私の顔を胸に押し付けるように抱き締めた
泥臭いような煤っぽいような埃っぽいような生臭いような、なんだかわからない臭い。ごちゃ混ぜな臭いがひどい不愉快で

そのまま、意識は薄れていった





出会いは吉か




「うーん・・・自分で周りを見てきた方が早いかな。」

そう窓を引き戸のように開けてベランダへと出た大男は、夜に広がる人工的な明かりに目を細め、そしてここはどこなんだろうねと星の薄い空を見上げた



凶となるか へ続く


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