誰か彼をとめてくれ




人間だれしも、苦手な人物というのはいるものだ

「本の返却お願いしまーす。」
「・・・こちらに、記入を」
「は?」
「っ、こちらに、名前の記入を」
「聞こえませんけどー?なーにいってんの?」

意思疎通はかろうとしてないよー。なー、いーのかよ委員長がこんなんでさー?と不機嫌を極めたような声で責められ、長次は思わず黙る
六年ろ組の長次と***の相性は悪い。授業中に長次が発言すれば声の小ささを指摘し、組み手をやれば礼が聞こえないとやっぱり声の小ささを指摘する。これは、入学から変わらない
そこに誰かが割って入って仲裁しようものなら、俺はこいつのためにいってんだけどー?と長次の脛目掛けてきつめの蹴りを喰らわすのだから、長次はもう黙って嵐が過ぎるのを待つばかりだ

「なー、きーてんのー?」
「き、いてる。」
「はいー?」
「きいてるっ…!」
「あっそ。で、なにしろって?」

名前の記入をと出来るだけ大きな声でお願いすれば、漸く***は筆をとってくれる
ほっと息をついた長次は、不安そうにこちらをみてくる雷蔵に大丈夫だと目で告げ***に視線を戻した
ばちっと目があい、長次はぐっと息を詰まらせ微かに目をそらす

「そーやって目だけで会話してくれる甘やかし要員がいるから、いつまでたっても成長しないんじゃないですかー?」

謝れば正解なのか反論すればいいのか。入学当初から訳も分からずこうやって絡まれていれば***に対し萎縮するのは当然だろう
だが***にはそんなこと気にすることではないようだ

「黙りですかー?それともまたこっちに聞こえてないだけー?」
「改善っ、する、」

***と話すときだけ、もう無意識なのだろう、声が上擦り震える
大声出す練習しろと(危険になればでるだろうという持論で)穴に落とされること数えきれず、演習で本気度高めに攻撃されることで入院実績を積み上げ新野を泣かせ
最上級生の威厳など、保てはしない

「きーこーえーまーせーん。」
「改善!する…!」
「はぁ?六年間何して過ごしてきたわけ?今更どうにかなるんですかー?ホント中在家って甘いよなー。」
「も、うっ、やめてくれっ…」
「うわっ。」

本気で嫌そうに***の口から言葉が漏れ、長次は唇を噛み締める

「気持ち悪いなー…なーに泣いてんだよ。」

つーっと落ちる涙は長次の浅黒い肌をより濃くみせ、次々とはらはらおちて***は男だろしっかりしろよと座っている長次の膝をけった

「いい大人が人前で泣いてさー、ホント一年から変わってないよなー…人って成長するもんだろー…」

ふかーいため息をついて頭を抱える***に敵意はない。悪意も悪気もなく、ただ長次が人と意思疎通をはかるためにとの善意だ
だから、尚悪い。そんなもの、はねのけ蔑ろにする勇気が10の幼子にあるはずもない。そのままずるずると、今に至ればもう改める見込みはない

「あのさー、もうやめよーよ、人と関わろうとすんの。な。その方が中在家のためだしさー、辛いだろ?」
「っ、」
「あーあーあーもー…なーくなってさー…ホント気持ち悪いなー…」

はらはらほろほろと流れる涙に蔑みを目に映した***は、ダメな奴。と名前を記入するとお借りしましたーと図書室から出て行った




誰か彼をとめてくれ




「お前笑った顔気持ち悪いなー。笑顔が気色悪いとか終わってるなー?あ、泣いた。なーに泣いてんだよ変な奴。」

誰の言葉にも感情を動かさない彼は、暴言を易々口にする子であった
(今はもう改善されたが)長次はだからこそ***を前に畏縮する



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