わからないもの




「ご愁傷様です。」
「は・・・?」

あとは若い人同士でと在り来たりなセリフで部屋に残された半助は、見合い相手である*****と紹介された女性との間に気まずい空気を感じていたが
ぽつりと落とされたセリフに思わず顔を見つめてしまった

「教職におつきと聞いております。貴重な休日を行き遅れとの見合いなどに充てなければならないなんて、仲人は上司の方で断りきれずといったところでしょうか。」
「あ、はい、」
「私も、上司に頼み込まれてこの場におりますから。」

結婚にも子供にも興味はないの。と窓の外から一切目を逸らさず、漸くそらしたかと思えば口を付けすらされていないグラスを店員が下げやすいような位置へと移動させる
端からお断り一辺の態度に少しほっとしている自分が情けないなと思わせるほどの、徹底ぶりだ

「私から断りを入れさせていただきますので、安心ください。」

だが、これでいいのだろうか。と半助は考えた
決して気の強そうには見えない目の前の女性がこんなにもしっかりしているというのに、自分は相手が断ってくれますようにと願っていたのだから

「・・・失礼過ぎるだろ。」
「はい?」

ぼそっと呟き居直れば、女性も自然と背筋を伸ばす
凛としたその姿は芯の強い女性そのままに、半助をしっかりと見据えていた

「改めて、土井半助といいます。」
「*****です。」
「教師をしていて、長期休みはほぼありません。その割に給料は安く、加えて両親を昔に亡くしていて近しい親戚もいません。このような不良物件と結婚する理由はないかと思います。ですが断れる立場にないため、お恥ずかしい話先方からの断りを願っていました。」
「そうですか。」

少しだけ驚いた様子は一瞬、直ぐに目を伏せた***は不良物件同士ですねと困ったように笑う

「貴方のご両親がどういった亡くなり方をしたのか知りませんが、私の両親は心中で亡くなりました。きょうだいはおらず親戚は皆厄介にはつかまりたくないと背を向け、腫れ物扱いでした。」

技術職なので給与はいいですが、残業ありきの仕事ですと時計をみると、***はお開きにしましょうと立ち上がる
それをあの!と止めれば、きょとりとした***は足しびれました?と正座をする半助の足をみた

「いえ・・・その、**さん。」
「はい。」
「・・・お付き合い、してみませんか。」
「・・・はい、いいですよ。どうせひと月続きませんから。」

けろりとして言う***に遠回しにふられてるなと思いつつ、半助はわかりませんよと笑ってみせた



わからないもの



『ごめんなさい、どうしても抜けられなくて…』
「いや、構ないよ。遅くなるようなら迎えに行こうか?」
『あ、いらないです。では。』

通話終了ボタンを押した半助は、間に合うかなと時計をみると急いで自宅を出た

付き合い初めて丁度1カ月。半助の家にて持ち寄りで食事をしようという話になっていたのだが、急な残業でドタキャンどころか三時間オーバーからの連絡である
普通なら激怒ものだが、半助は知っていた。***が今日に合わせて仕事を調節していたことを、それでも仕事を優先させてしまう理由を(親の残した借金があるのだと)


深夜零時近くになり、***は漸く社宅へと帰れる。へとへとになり周りに人気がないのをいいことに目の周りをマッサージしながら階段を上がれば、玄関前で携帯をいじる人影に上がりきって足を止めた

買っておいた料理を手に(足音に気づいたのか)***をみて笑う半助は、一緒に食べてくれないかと紙袋をガサリと鳴らして***に近づく
変な人と泣きそうに笑った***は、別れるチャンスなのにと両腕を広げて一歩前で立ち止まった半助に一歩踏み出すと、胸に顔を埋めてありがとうと呟いた

「言ったじゃないか、わからないと。」
「変な人。」

ぎゅっと抱き締めながら、半助は目を瞑りそっと笑った



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