自分の息遣いだけが鼓膜を揺らす
ドクドクと動いているはずの心音はダイレクトに脳へ入り込み
乾ききった口は真一文に
どれくらいかわからないけど
不安定な足場でのつま先立ちのせいで、汗とか涙とか、だだ漏れ
「***っ、」
漸く出た声は、人名。それだけ
それに応えるようにゆるりと傾けられた頭
その動作は酷く気怠げで
「な、ん、なん、で、***、」
急いで紡いだ言葉は殆どが空気
ぐっと***の足が、足場になっている椅子の背もたれにかけられて
俺は顔をひきつらせながら必死に
理由なんて思いつかない謝罪を繰り返した
「やめ・・・***、おねが」
軍手を外した***は、俺の荷物を床で纏めると、靴も綺麗に揃えて
一通の手紙を置いて、ぽつりと呟いた
「久々知兵助。鉢屋三郎。不破雷蔵。竹谷八左ヱ門。」
どれも聞いたことのない名前で、泣きながらなんのことと縋る
けど、尾浜勘右衛門。と自分の名前を呼ばれて
なに?と震えながら***を見詰めた
「アナタで、五年生は最後。」
五年生?なんのこと?訳が分からないよ、なんで
「殺さないでっ、」
途端に、壊れるんじゃないかってほどに椅子が蹴られ
軋む縄が、首の肉を削ぎ落とすかのように圧迫した
「ッ!ぐ、」
苦しい、嫌だ、死にたくないよ助けてやめて
***っ、***どうして・・・!
ちょっと前まで、あんなに幸せに、だって、今日は記念日で、
「っ、 」
タスケテ、と言いたいのに言えなくて
「次も、次も、そのまた次も、私はアナタたちを殺すの。」
嫌な音。首からした、砕けるような、
ぶわりと、全部を思い出して、理解した
そうだ、俺は、俺たちは
***が命より大切にしてた者を、罪も咎も何もない者を
残酷に、非道に、無慈悲に
コロシタンダッタ・・・
それでも、好き、なんだ
「みてみて勘右衛門!妹がこの前立ったんだ!」
「うわっ、超可愛い!」
「でしょでしょ!?ふふふー!もーう天使キタ!って感じ。」
にこにこと妹の写真を見せてくる***を抱き締めて
どうしたの?と首を傾げた***の隠れてた方の腕を掴んだ
「やっぱり、俺、また殺されるの?」
目を見開いて俺を見上げてくる***が、歪に笑った
「俺の名前・・・呼んで?お願い。俺、***が好きなんだ。知ってるでしょ?もう五回も、恋人になって、俺、・・・***を、愛して」
「私には、妹だけ。アナタは・・・いらない。」
前回とは違って、悲しさだけの涙が流れた
「勘右衛門。」
びくりと体が強張って、首に触れてきた手の冷たさに
隠れていた手は何も掴まず顔を出す
「寒い・・・寒いの、勘右衛門。私にはアナタたちへの憎しみと妹への愛しかないはずなのに・・・勘右衛門を殺さなきゃと思うと、体の芯から冷えてって、私、」
できないよっと泣きながらしゃがみこんだ***は
妹・・・***の大切な者への謝罪を繰り返した
「そんなの・・・俺、勘違いしちゃうよ、そんな、泣かれたら、そんなこと聞いたら、」
「勘右衛門っ、勘右衛門勘右衛門勘右衛門!私っ、アナタを殺さなきゃいけないのに・・・!」
アナタを好きになっちゃった
そう泣いた***を、俺は力いっぱい抱きしめた