何も残らなかった。
「お悔やみ申し上げます。」
プラスは何も。マイナスだって何も。
「まだ若いのに。これから大変ねぇ。」
違う。そうじゃない。腐るな。よく見ないと、駄目になる。
「保険金」
「慰謝料」
「賠償金」
「遺族年金」
そう、金はある。家はこれから考える。
「何か困ったことがあれば言って頂戴ね。」
こいつらは駄目だ。
「ありがとう、ございます・・・」
ああどうしよう、上手く笑えない。
金なんていらない。僕はただ居場所が欲しかっただけなんだ。何で死んだの母さん、何で連れて行ってくれなかったの母さん、何でこんな所に独りきりにするの。僕はこれからどうすればいいの。
床に氷が張る。忌々しいこの力。望むわけもないこれのせいで受難続きだった。
それでも私の愛しい息子と母さんは笑っていたから、だから制御だって頑張った。
でももういい。いらない。先の見えない真っ暗な、独りきりの世界は、怖すぎる。
「生きて・・・ さんと、私が、愛し合った、証・・・ さん、どう、か・・・この、子、を、」
母さんは時々僕に聞き取れない単語を口にした。それは名前であったり思い出話の中であったり、でも母さんがそういう不思議な話をし始めるのは決まって父さんのことだから嫌ではなかった。
「母さんと父さんは愛し合っていた。」
ふわりと周りの物が浮く。母さんの物はもう意味がないから捨ててしまうんだ。使う人がいないのなら邪魔なだけ。
部屋の中に竜巻起こしたりすると逆回転で母さんが止める、そんな日常はもうない。思う存分部屋の中を荒らして、僕はむず痒い感覚に首を傾げる。これはきっと、いけないやつだよななんて。
「・・・ああ、そっか。」
最初はふわっと風を起こして髪やスカートを靡かせるだけだった。それで満足した。
風の強い日を狙ったし、珍しい力だから慎重にならないといけないから。
「物足りない。」
いや、そんなことを思ってはいけない。そう言い聞かせながらも、台風の日に竜巻起こしたり荒れた海で津波を起こさせたりどんどんエスカレートしていった。
これではいけないと部屋に籠もり衝動を抑えていたら、どんどん制御がきかなくなって借りていた部屋を破壊して絶望した。
たまたま肩が触れた。治療費を請求されたが、後ろからぶつかってきたくせに何をと苛ついたらそいつを切り刻んでしまった。夜、周りに誰もいなかったからよかったけれど、とうとう人を傷つけたのかという恐怖が込み上げる
でも、同時に湧き上がる高揚感に打ちのめされた
「たのしい・・・!」
きっかけはそいつ。次に公園や川辺に寝泊まりする浮浪者。物取りじゃないし金もあるから国中をくまなく歩き回る旅、みたいな形で移動しながら切り刻んでは晴れ晴れする心で笑えるようになった
浮浪者なんていない方がいいんだと正当化して、それも途中で変わっていくのがわかった。たむろしてる奴らとか迷惑行為をする奴らだとか、目に付けば誰彼構わず
それでもまだ仲の良さそうな親子だとか恋人同士だとか夫婦だとかいうのには手をださなかった。それが、残っていたギリギリの理性。良心だった
「ここ、は・・・どこ、」
果てしなく広がる海の上、ふわりと浮いている僕は周りを見回して首を傾げる。どう考えても僕のいた場所じゃない
キラキラと光る水面に魚が跳ねる。飛沫は光そのものみたいに輝いて、幻想的だ。なんだ夢かと、僕はとりあえず真っ直ぐだと思う方向に進んでみる
遠くに帆船が見えるけど誰かに会いたい訳じゃないから無視、したかったけど白い帆にmarineと書かれた船が黒い帆に髑髏が描かれた船に攻められて煙があがってたから無視できなくて近づいてみた
悪者は黒い帆船にみえたけどどうだろうか。違うなら両方沈めてしまおう、夢だし。なんて思いながら突風を起こせば乱闘は一瞬止まり、その隙に海を一部凍らせて浮かせると一気に黒い帆船へ落とす
夢だから思いっきりやって、久々の解放感に酔いしれたかった
「あ〜・・・っ、ぞくぞくするっ!」
絶叫が心地良い。鎌鼬を起こした、ひたすらに。細切れになっていく人間が断末魔をあげるのがまたクる
切り落とした偉そうだった女の首を掲げた。滴る血がさっきの飛沫みたいに光を反射してルビーかと見紛う美しさがそこにあらわれるのに見惚れる
「クザン大将ですか!?」
モヒカン?ピンクのモヒカンがいる。なんだあれ。声に振り向いた僕は欄干から身を乗り出し叫んでくるその男に背を向け、首を海に落として逃げた
「もっと、したいなぁ・・・」