あなたの為の、この命。
「・・・み、つけた、」

か細い声に、一輪の薔薇がきらりと光る
微かに漂う甘い匂いは、これなら食べれると確信出来るほどに美味しそう

「っ、は、」

苦しそうな吐息が漏れ、いい匂いだと涎が垂れた

「わっしを、戻す・・・飴菓子、」

痩せこけた指が花に触れ、力なく滑るように手が地面につく。刺で傷ついた指から血が花弁や茎に柄を描いた。自然系の自分に傷をつけた事実など、今は考えられない
甘い匂いは一層増して、花の中心から小さく細い手が、腕が、顔が体が外気に触れていく
花の中心に座るように姿を見せた小さな小さな人型に、ボルサリーノはこれは本当だったんだと裏ポケットへしまってある手記を上から押さえた

「ふふっ・・・あなたが、わたしを見つけたのね?」
「わっしを、戻してくれるかァい?」
「もどす・・・?」
「君が、薬だと書いてあるんだよォ・・・とある手記に。わっしは、今、水以外受付けねェ体になっちまってねェ〜・・・元に・・・治せるかァい?」
「くわしくは、しらないの?」
「腹減りすぎて、なんも入ってこねェんだよォ〜・・・読んでも読んでも、わけわかんなくてねェ。」

憔悴しきっているボルサリーノに掴みあげられた飴菓子は不思議そうに首を傾げる。ボルサリーノは甘い匂いにつられるように、握るようにつかまれたふわふわとしたスカートから晒される足に舌を這わせた

「あっ、だめ・・・!」
「食っても、食っても、吐き戻しちまってェ・・・もうっ、正気が保てな、」
「わたしはまだ毒なのっ!一年、あなたから血をもらって、ちょっと指を、ありがとう。んしょっ、ほら、ね?お腹の、ここの種があなたに適合するまで解毒しなきゃいけないの。」
「・・・・・・わっしは・・・空腹にあと一年、耐えらんねェと〜・・・死ぬのかァ・・・?」
「・・・そう、ね。あの、血を、ちょうだい?」

自分を掴む指先にかぷりと食いついた小さな小さな人型はボルサリーノの血を舐め、ボルサリーノは引いていく飢餓感に瞬きを繰り返す

「いったい、」
「わたしが食べると、飢餓感が薄れるの。一年、がんばりましょう?それで、一年たったら、わたしを食べて?そうしたら、治るから。」

自分を食べることを勧める小さな小さな人型。飴菓子と呼ばれるそれは、人間ですら食べれるなら構わないと苛まれていたボルサリーノと共に海軍本部へと戻る。本部へ戻ったボルサリーノに自然と強張り警戒する海兵たちに見向きもせずまっすぐコングの元に報告へ向かった

「この子を育てて種を食べれば、治るらしいですよォ・・・。」
「・・・空腹は、どうなんだ。」
「それがね〜・・・この子がわっしの血を食べるとォ、薄まるんですよォ〜。」
「任務は減らすか。」
「なんかしてた方が気ィ紛れるんでェ、いいですよ〜いつも通りで。」

連れ帰った飴菓子は動物系の能力者を魅了したが、ボルサリーノがそれを許すわけはなく、飴菓子はボルサリーノの胸ポケットを定位置にいつだって笑顔で守られることとなる
一年。一年後、必ず治る。だからボルサリーノは飢えにも耐え、飴菓子に自分の血を与えることに前向きだった


そして、一年。いい相談役として、守るべき愛しい子として、飴菓子はボルサリーノになくてはならない存在となっていた


「ボルサリーノ、ボルサリーノ。あのね、今日ね、食べ頃なの。」
「・・・どうすればいいんだァい?」
「え?」
「今日が食べ頃っていったよねェ。」
「まさか、食べ方をきいてるの?」
「それ以外にねェだろォ〜・・・種を取り出すのかァ・・・?痛いだろォ腹に埋まってんだからよォ・・・?」
「残さずきれいに食べてほしいわ。頭からでも足からでもお腹からでもかまわないから。」
「オォ〜・・・それじゃァ痛いし死んじまうよォ?」
「それが飴菓子だもの。さあ早く・・・わたしを食べて。でないと、」
「出来るわけねェだろォ・・・!」

すがり付くように握られた飴菓子は幽霊でも見たかのようにボルサリーノを見上げ、なんでそんなことを言うのかと頬へ手を伸ばした

「でないと、わたしの生まれた意味がないの。食べられる今を逃したら、わたし、とけてなくなるのよ?この一年なんだったの、わたしをなんのために見つけたの。お願い、わたしをムダにしないで。」

早く食べてと乞う飴菓子はボルサリーノの額に口づけ、唇を割って歯列を手でなぞる。自分の体を欠けさせるなんて正気の沙汰ではないだろうに、躊躇わず、飴菓子はボルサリーノの歯を使い指を砕いて落とした
舌の上に落ちた欠片は小さくとも、その甘さは待ち望んだ腹を満たす食べ物。ボルサリーノは垂れそうな唾液をくだし、べろりと飴菓子を舐める

「ふふっ、くすぐったい。」
「食べたら、治る。食べたら、君は、嬉しい・・・?」
「うん。」
「なら、仕方ねェよなァ・・・?」
「優しい人。ボルサリーノ、好きよ。」
「わっしもだよォ・・・」
「きっと、あなたへの愛で、あなたからの愛で、わたしはあなたの役にたてるように・・・成れたのね。」
「・・・それじゃァ、いただきます。」
「めしあがれ。」

ボキン。音と共に広がった甘い匂いに、ボルサリーノは目を瞑る。腹から食らった飴菓子のとろけるように甘く痺れるように旨いこと。夢中になって足も手も食べて、そして、顔をつまんで微笑む
微笑み返してくれているような安らかな死に顔に、ボルサリーノは過ごした一年を思い出しながら、一筋も残さず飴菓子を胃袋へと招いた

「ごちそうさま、おいしかったよォ・・・わっしだけの、飴菓子ちゃん。」