化け物二人にもう一人‐1


 私の友人には化け物が二人います。

 普通ではなく、生まれながらに人と隔てられた存在です。

 沢山の人が、だから無理だと、線を引いて行きました。








 都会と言うにはつまらなく、田舎と言うには騒がしい、中腹の町でイレイン・ウェストは生まれた。
 家族構成は両親と弟。歩いて三分もかからない場所に、父方の祖父母が住んでいた。
 足が早く、成績は常に学年十位以内。決して一番を走る才能はなかったが、安定して優等生の地位に収まり続けた。性格にもこれと言った欠点はなく、誰とでも親睦を深め、悩みを共有し涙するような付き合いの友人も大勢いた。
 勉学に励み、拙い恋をし、時に怠惰を満喫し、衝突の後絆を深める。当たり前のように、十二歳まで同じ町で育った。

 切望された訳ではなく。命の限りと望んだ訳でもなく。それでも、イレインが希望する進路を口にすれば、皆納得したように頷いた。

 航空学校に入り、戦闘機パイロットを目指す。空への道がより強く求められるこの世界で、人より秀でた才を持つ者は、誰しもこの選択肢を与えられた。だが保証などない。才だけではどうにもならない。皆口では理解した風に吐き捨てて、それでも自分だけはと挑んで行く。
 周りが届かなかったとしても、きっとこの手は。根拠のない確信を胸に、誰がどう見ても子供でしかない小さな体を、いつかあの空へと導く為に。

 期待に満ちた瞳は空のように澄み、空のようにすぐ、どんよりと曇る。








 懐かしいねと素直に言えた。
 イレインは赤ワインの入ったグラスを傾け、敢えて自分と相手の間に掲げてみる。幼い頃、グラスに満ちていたのは水で、自分の姿がはっきり映って見えた。だが今は、深い赤に包まれ何処か不明瞭だ。

「何が?」
「……さあ、何だろ」
「もう酔ったのかよ」
「まだ一杯も飲んでないのにありえない。アルベルトじゃあるまいし」

 ワイングラスを下げれば予想通り、不服そうな表情でホットワインを啜っていた。口から離せば、シナモンスティックで赤い水面をグルグルと掻き回す。
 嫌な記憶でも蘇ったのだろうか。拗ねた訳ではないだろうけど。グラスから口内へアルコールを移動させれば、特に引っかかりもせず喉から胃へ落ちて行った。
 体力、知力、精神力、人望。他の全てで負けているのだから、酒の強さくらい優越感を持たせて貰いたい。
 見せつけるように口角を上げてやれば、アルベルトの眉が歪められた。同期かつ友人でもあるイレインはもう慣れてしまったが。新人隊員が見れば震え上がる形相だろう。
 異例の若さで分隊隊長に就任した、特別部隊のエースパイロット。彼の持つ称号はあまりにも仰々しい。

「相変わらず強過ぎだろ。ルーカスさんにも勝てんじゃねぇか」
「無理無理無理あの人は別格。今まで調子乗った新人が何人犠牲になったか……あなたも知らない訳じゃないでしょう」

 二人の脳裏を同時に過ぎったのは、恐らく二年前の歓迎会だろう。「あれは酷かったな」「さすがにね」確認しなくても、思い起こされた悪夢が自然と会話を結び付ける。
 撃沈した後輩の名を列挙していると、ジャンが携帯端末片手にこちらへ歩いて来るのが見えた。

「ゴメンね途中で抜けちゃって」

 椅子を引く動作、上着を脱ぐ動作、ジャンの一挙手一投足からは上品さが伝わって来る。こんな人間が何故軍にいるのだろう。特異細胞さえなければまた違っていたのだろうか。
 学生時代は、そんな考えに切なくなったりしたけれど。今はどうでも良く思える。彼の負う肩書きは、IAFLYSの戦闘機パイロットが一番相応しい。
 アルベルトの隣に腰掛け、退席する前より増えた空のワインボトルに気付いたのだろう。分かっているくせにアルベルトの方を見て、否定されるとまた意地悪そうに笑う。

「イレイン、また一本空けちゃったの?」
「これでも抑えてるんだけど。明日仕事だしね」

 連休なら、思う存分飲み明かしていたと言うのに。明日の訓練はヨニ隊長の部隊と合同だ。万が一二日酔いだとバレたりしたら。想像しただけで身震いしてしまう。

「そっちこそ大丈夫? こんな時間に電話なんて、部下からの呼び出しだったんじゃないの」

 問い掛ければ、溶けそうな程甘い笑顔のまま黙ってしまう。これは苛立ちに無理矢理蓋をした時の表情だ。
 ああ、向こうのミスか。肩を竦めとりあえずお疲れ様とだけ返しておいた。

「二人共もう終わった?」
「俺はな。イレインは?」
「このくらいにしとくけど、アルベルトいいの? デザート頼まなくて」
「言っとけ」

 アルベルトとジャン。二人は確かに学生時代からの友人だったが、今はもうIAFLYSの分隊隊長と副隊長だ。一般空軍の一般隊員とは、抱える仕事量に天と地程の差がある。
 こうして三人揃って基地の外に出て、しかも食事をするなんて何ヶ月振りだろう。秋の始まりにアルベルトと出掛けたことはあったが、途中急な呼び出しでお開きになってしまった。もちろん、呼び出されたのは隊長様の方だ。
 底の方に残っていたワインを一気に飲み干し、正面の二人に目配せした。時刻は二十一時。体力的には全く問題ないが、明日を考えれば頃合いだろう。

「そろそろ出ようか」

 こんな時、声を掛けて来るのは大抵ジャンだ。人の思考に先回りして、相手が気を遣わないよう配慮する。
 そう言えば、最初に声を掛けて来たのもジャンだった。あの時もアルベルトは不機嫌そうな目つきだった。十年近く前の偶然がふと蘇り、イレインは思わず表情を綻ばせた。




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