第六話「対者の釘‐7」


 オーブリーの言葉から推測するに、彼はリュディガーを敵と認識している。対立の理由は高い確率でIAFLYSの特異細胞。最悪の場合、爆弾はフェルディオが抱えているのかもしれない。
 ヨニ・イホがここに選ばれた理由。自分以外がここにいない理由。考えれば考える程、あの気弱な子羊が架け橋となる。

「……幾つか、質問をしても?」
「歓迎するよ。誠意を持って答えると誓う」

 他人はまず諦めろ。把握しようとするだけ無駄だ。己の情報を限界まで、最大限。最小限の言葉で引き出せ。

「何故、今なのですか?」
「たくさん釣り針は仕掛けてたんだけど、エラントがやらかしそうなんだよね。だからそろそろ待つのは終わりかなって。いい加減もっとふっとい釘刺しに行かないとなーってね!」

 釣り針が垂らされたのはエラント側か軍内部側か。少なくとも、オーブリーは餌の状態を掴める立場にいる。

「自分がツァイス上令側であった場合、どうなさるおつもりですか?」
「僕が必要な人間勧誘しにかかってるのは向こうも把握してる。仮に君が仲良くしよーって声掛けられたことをリュディくんに伝えて、何かメリットがある?」

 否、デメリットしか存在しない。何の情報も開示されていない状態で、手土産もなしに今回のことをリュディガーに伝えれば、己の立場が危うくなるだけだ。

「……何故自分なのですか」

 掘り進めども、手応えは皆無。ただただ“部下の疑問に律儀に対応した上官”と言う事実だけが築かれた。
 捕らえられそうで決して届かない。踏み込めば伸ばした手でなく晒した心臓を掴まれる。打開策を見出だせないまま、それでもヨニはオーブリーから視線を逸らさずにいた。

「ヨニくん人がいいからいっつも胃痛めてるじゃない! 人間らしいんだよ、君。だからお願いするにはもってこい」

 当然、オーブリーに胃痛の相談などした覚えはない。一介の部隊長であるヨニの胃腸事情が、何故上級司令官にまで伝わっているのか。出所を推測すればあまりに多くの顔が浮かび、いっそこの場で膝を折ってしまいたかった。
 ヨニの米神が痙攣したことに、気付いているのかいないのか。オーブリーは机に両肘を付き、組んだ手の甲に顎を乗せた。

「それにヨニくん、フェルディオくんにもアルベルトくんにも繋がってるから」
「出過ぎた発言かもしれませんが、なら、彼等か、もしくはより近い第一分隊の人間を引き込むべきでは?」

 指の間に顎を沈め、唇を尖らせ、オーブリーは唸った。迫力など微塵も感じられない、それこそ駄々をこねる子供のような声色だ。
 右手を掲げ、五本全ての指を伸ばす。親指だけを曲げると、オーブリーの説明が始まった。

「フェルディオくんは戦力に数えられない。アルベルトくんはリュディくんにベタ惚れでしょう。僕に付いてくれる訳ない、そもそもあの子、軍の中で人生完結出来るから。IAFLYSと心中しかねない子は扱いにくい」

 人差し指、中指。曲がる度に朗々と述べられる落選理由は、身震いする程正論だった。
 IAFLYS内の者は、現時点でほとんどツァイス派に分類されるだろう。それぞれの事情は千差万別。だがリュディガー自身も特異細胞保持者だ、その事実は重い。オーブリーがいかに甘言を囁けども、特別とそうでない者の間には絶対的な溝が存在するのだ。

「ビセンテくんは真っ直ぐ過ぎるし出自に問題あり、遮断区域側に寝返るかもしれないし。フアナくんはアルベルトくん並に弱み握りにくいし、チータくんなんて以ての外! あの子は目的の為なら何だって切り捨てられる。駒にはいいけど懐へは入れたくないね」

 薬指、小指。指先と共に、彼等の未来が握り込まれたのかと錯覚した。
 フェルディオが除外されたのは、実力の問題だけではないだろう。彼がより深い特異を有する可能性が、また深まってしまった。
 どれも理解出来る。第一分隊の隊員には失う物がないのだ。次に行き着く場所などない、そんな痛々しい決意の元で、鉄の翼を広げている。
 失う物がない人間との交渉は、苦難を極める。先の行動も読みにくい。なら読める人間を引き込むのが妥当な判断だろう。
 五人の内誰に近付いても不自然でなく、また上官として命令出来る立場のーー

「その点ヨニくんは軍の外にもお友達たっくさんいるし、家族とか、失いたくないでしょ? 特殊な事情持ちのあの子達と違って、憧れて選んで軍に入って、ここにいる為に必要な物をがむしゃらに自分で手に入れて来た」

 ーー待て。
 今の第一分隊は、五本じゃ、足りないだろう。

「僕だってそう。失いたくない物が山程ある。だから、仲良く出来ると思うんだ」

 何故、第一分隊の人間が全てこちらだと思った。
 蝶番が軋む。準備室へ続いていると踏んでいたもう一つの扉が、開いた。
 隊長なら利用出来る物は全部利用しろ。自らの偉そうな発言が蘇る。アルベルトに、分隊長に対する助言を、副部隊長がとっくに実践していると。何故想像出来なかった。
 結局何の情報も晒さなかったオーブリーは、視線を後方に流し、左手の人差し指で天を指す。

「ねー、ジャンくん」

 釣り針は力任せに引き伸ばされ。
 いつの間にか、心臓の手前にいた。


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