第四話「傲慢な線引き‐5」


 IAFLYSへの異動を哀れんだのは、ジャックファルとヨニだけだった。
 他の者は皆栄転だと喜んだ。あからさまに演技をしている者もいたが、隠されていたのは幼い嫉妬で、同情などではなかった。誰からも祝われ、言い知れぬ孤独を感じ、拭い切れないままここにやって来てしまった。
 同じ第五飛行部隊の仲間は、今何をしているのだろう。いや、正確には、何を思っているかが知りたかった。ヨニのようにこの身を案じてくれているのか。もうすっかり忘れ去ってしまったのか。何であいつが、と妬まれているのか。

「ベネットがな」

 ベネット。同部隊に所属し、部屋まで同じだった、気の合う友人。彼が何か言っていたのか。彼は純粋に、自分の栄転を喜んでくれていたと、思っていたのに。

「雑誌捨てたろ、って」
「……は?」
「お前のベッドの下に隠してた、あの童顔特集の」
「……捨てましたけど」
「それに出てた女優、どっかの社長と結婚してからあの手の仕事してねぇんだと。後何年かすればプレミア付いてたのに、って。すげぇキレてた」

 眉の下がる感触が、ありありと伝わって来た。無言で続きを催促しても、ヨニは首を左右に振るだけ。他に何もないのか。エドガーは、ホラントは、パトリックは。見知った名を口にすれど、ヨニは唇を動かさなかった。

「何っだそれえええ!! 異動した同僚に対する関心がエロ本のみってどう言うことだよ!! 俺はアレ以下か! 確かに可愛かったけど! デカかったけど!!」
「ホラントはまだ読んでなかったってよ。フェルディオ泣かす・って」
「こっちの台詞だわクソが!!」

 地団駄を踏み、中途半端な長さの髪を掻きむしる。これならいっそ嫉妬していたと告げられた方がマシだ。

「いや、だから、泣かすって言ってたんだよ」
「エロ本捨てたからってそんな、」
「そうじゃなくて。あいつ等お前に会う気でいるんだから、わざわざ俺に伝言頼む必要ねぇだろ」

 滅茶苦茶に乱れた髪を整えもせず、ヨニを凝視した。元上司は薄い唇で弧を描き、さっきよりずっと弱い力で、雑誌をフェルディオの頭へと振り下ろす。
 寝食を共にし、いくつか把握した癖がある。ヨニがこうやって物で人を叩くのは、宥めようとしている時だ。叱咤する時、警告する時、この人は必ず拳を使う。

「区切り付いたらそっちから連絡してやれ。あいつ等も訓練邪魔しないように気ぃ遣ってんだよ」
「ほ、本当に……? エロ本口実に不満ブチまけてるんじゃ……」
「どんだけエロ本にこだわるんだよ。俺だって部下が腹ん中で何考えてるかまでは知らねぇが。無責任に言っていいんなら、まあ、うん、大丈夫だろ」

 ――大丈夫ですかね。思わず零せば、「知るか」とまた雑誌の角が髪を掠める。こうしていると一般空軍に戻って来たようだ。次々と旧友達の顔が浮かび、フェルディオは上官を前にまただらしなく笑う。

「いらないこと心配する暇があるなら、そっちでとっとと認められろ」

 瞬時に蘇ったのは、ビセンテの冷たい瞳と言葉だった。完璧な拒絶。彼女に認められる日などやって来るのだろうか。
 一般空軍に入隊した当初も、周囲からプレッシャーをかけられ、時には突き放されもした。嫌味な上官も足を引っ張り合おうとする同僚もいた。だが、ビセンテは違う。嫌っているのかと直接問い掛けたが、やはり見当違いだったと、嘲笑されて当然だったと己の軽率さを悔いる。
 好意のある無しにすら到達しない。ビセンテにとって自分は、擦れ違うだけの他人に等しいのだろうか。
 行いの影響が及ぶなら、最低限の行動で回避する。それ以外は、何をしていようが興味など持たず、ただ通り過ぎるだけだ。
 やはり、アルベルトやジャンは、長の付く役職だから受け入れてくれたのだろうか。一般隊員からすれば、普通過ぎる自分は疎ましいだけの存在か。懐かしい顔と会話しているのに、何とも言えない疎外感に襲われる。

「ど、努力します……」
「今あからさまに間があったな。上手く行ってねぇのか? アルベルトに懐いてるって聞いたけど」
「アルベルトさんとジャンさんは尊敬してます! 時々怖いけど、ちゃんとフォローもしてくれるし……」
「アルベルトとジャンさん、は、ねぇ……」

 とっさに口元を押さえるが、時既に遅し。ヨニは何もかも察してしまったようで、持っていた雑誌を机に放り投げた。まただ。いらない一言で、与えたくない情報を自分から開示してしまう。
 元部下の悪癖を理解しているのか、失言に対してヨニからの言及はなかった。フェルディオが安堵したのも束の間、腰に両手をやったまま俯かれてしまい、これは拳が飛んで来るかと身構える。そうして抱いた焦りと恐怖は、改善されない短所を何度でも引きずり出す。

「正直コミュニケーション絶望的な方もいます! いるんですけど、そりゃいきなり普通のガキが入隊して来たら苛立ちもするでしょうし、俺の態度に問題があったんで、これから何とかして行きます!」

 突き出した腕を何度も振り、弁明した。もう少し誤魔化せば良かったか、いや、ヨニ相手ならもう正直に話すしかない。鼻から強く息を吐き、俯くヨニと向かい合う。

「……お前は、とっくの……」

 そこまで言って、ヨニは顔を上げる。二の句が予想出来ず、フェルディオは強張った口元を無意味に動かした。

「お前はとっくの昔から態度に問題大有りだろ。今更みたいな言い方するな」
「ほあああああ! それはさすがに酷いですよ!!」

 叫びに拳で蓋をされ、蹲りながらも、フェルディオはふと冷静な思考を掴む。気心の知れたヨニと会話しながら、欠片も親しみを持てなかったビセンテを思い出したのに。懐かしめば懐かしむ程、今を悲観してしまいそうで、誰とも連絡を取っていなかったのに。
 この心は、帰りたいとも、戻りたいとも、思わなかった。



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