第三話「夜明けに染まる風見鶏‐3」


 一般空軍と特別航空遊撃部隊「IAFLYS」では、使用されている戦闘機の種類が違って来る。一般空軍にもIAFLYSと同じ機体を使用する部隊は存在しているが、新米パイロットであるフェルディオには縁のない話だった。
 IAFLYSの使用機は、最新鋭のLL-17機、通称LLだ。いくら同じ「戦闘機」に区分されるとは言え、それは名称だけの話。パイロットの能力によって期間は異なるが、別の機種に乗り換える際は、基本的を機種転換訓練を行う決まりとなっている。
 フェルディオも転属が決まった二週間前から訓練を開始していた。そして、嫌と言う程実感していた。自分の実力ではまだ編隊訓練に参加出来ないだろう。過去、より短期間で機種転換訓練を終えたパイロット達の噂が、嫌でも思い出される。自分は違う。最初から招かれた者達とは全てが違うのだ。
 まだ日も昇り切らない早朝。ブリーフィングルームに佇むフェルディオは、退室する隊員達の背中を無言で見送った。

「フェルディオくん、僕達も行くよ」

 既に歩き始めたアルベルトの後ろで、ジャンが振り返る。その身は既にパイロットスーツを纏っていて、いつも漂う飄々とした青年の空気は、一転して精悍な戦闘機パイロットの物へと切り替わっていた。
 フェルディオは慌てて二人の後を追う。アルベルトは髪を束ね始め、フェルディオの方を一瞥しようともしない。そんな後ろ姿を眺めていると、気持ちと共に視線と肩まで落ちた。
 やはり、アルベルトは不服に思っているのだろうか。貴重な訓練時間を、フェルディオの教官をする為潰されるなんて。歩く速度を落としフェルディオの隣に並んだジャンは、いつも通り笑顔を浮かべているが、それでも腹の内は読み取れない。

「僕のタッグネーム覚えてる?」
「シルヴィー、ですよね」
「正解ーフェルディオくんはディープでいいね」
「はい」

 今回の訓練は、IAFLYS第二分隊との合同で行われる。第一分隊の半数が、現在別の基地へ出張しているからだ。
 本来なら編隊を組み模擬空戦を実施するのだろう。だが、今回フェルディオは複座式、二人乗りのLLを使用するよう指示された。しかも教官役としてアルベルトを後部座席へ搭乗させ、一般飛行訓練だけ行い帰還するようにと。
 確かにフェルディオは、機体転換訓練を終了していない。だがそれは事前に連絡されていたことだし、複座式の戦闘機を使用することに問題はない。
 だが。それなら、わざわざ合同訓練の一環としてフライトさせなくても良いはず。エースパイロットのアルベルトを通常通り参加させ、フェルディオには別の教官を付けるのが普通だろう。
 不満も疑問も山積みだった。だが、変更を告げたのは第二分隊の隊長だ。訓練を指揮する上官に、一兵卒が逆らう術などあるはずもなかった。

「あの、ジャンさん……」
「何?」
「スイマセンでした、昨日の……変な質問して」

 ――特異細胞があるから特別なんですか? それとも……“特別”だから、あることになるんですか?

 冷静に投げかけたはずの質問は、「どっちにしろ特別なんだから一緒だよ」と言う返答に潰された。
ジャンが真実を掴んでいるか定かでないが、フェルディオに手の内を見せる気がないのは、火を見るより明らかだった。
 自分は何を先走ったのだろう。そもそも考えたくないのだし、考えても無駄だと分かっているのに。勘付いた風に振る舞って、ジャンには軽くあしらわれて、結局自己嫌悪が増しただけだ。
 こうなってしまうともう抜け出せない。ジャンの笑顔も、アルベルトの沈黙も、全てが自分を責め立てているように思える。

「沈んでるねー」

 肩を竦め噴き出すジャンに、何と返せば正解になるのだろう。探し回る内に機会を見失い、結局黙り込んでしまった。

「僕はね、必死で無様な子、そんなに嫌いじゃないよ」

 無様。ネガティブな単語が、一際大きく鼓膜を震わす。一瞬息を飲んでから、「無様」に続いた言葉が届き、そこでやっと視線がジャンへと向けられた。
 必死で無様。それは自分のことだろうか。聞いてみたいのに、時間がそれを許さない。

「ジャン、イゾラ隊長が呼んでるぞ」
「あらら時間切れだ。そんじゃ後は鶏に目覚まして貰ってね、フェルディオくん」
「……にっ、鶏?」
「アルベルトのタッグネーム。ヴェックってね、ウェ、」
「ジャン!! とっとと行け!」

 アルベルトの恫喝にも、ジャンは眉一つ動かさない。まるで車で買い物に出かけるように、何の力も入っていない所作で、第二分隊隊長の元へ駆け寄って行った。
 タッグネーム。戦闘機パイロット同士が通信時に使用する、言わばニックネームだ。アルベルトの持つ「ヴェック」と言う名に、何か特別な意味があるのだろうか。

「ボサッとしてんな、俺等も出るぞ」

 鋭い言葉に身が竦む。今日のアルベルトは、殆ど自分から会話を振って来ない。話し掛けて来るとすれば、今のような指示ばかりだ。しかも、こちらの発言を先回りして摘むような、威圧感の籠もった口調で。
 アルベルトの肩越しに、ジャンがこっそり手を振っている。その隣では、イゾラ第二分隊隊長が含みのある笑顔を浮かべていた。視線を横に移動させれば、第一分隊隊長は相変わらずの仏頂面。
 もう滑走路の上に逃げ場はないのだろう。無様な姿を、これ以上誰の視線にも晒したくなかった。
 出来るなら、複座機の前後を入れ替えてしまいたい。
 基本的に複座式の戦闘機は、前の席の者が操縦と兵装の操作を担当し、後部座席の者が計器の操作やレーダー管制を受け持つ。
 例外があるとすれば、腕の未熟な訓練生が搭乗する場合だ。後方の座席に教官が乗り、必要とあらば訓練生と操縦を交代する。機種転換訓練の際も、そうやって指導が行われる。

「了解、です……」

 自分の腕は未熟だ。だからこそ、どうせ同じ機体に乗るなら、アルベルトの技術を直接この目に焼き付けたかった。彼ならこのLLをどうやって踊らせるのだろう。文字通り鳥のように。そして兵器の名に相応しく、力強い軌道を描くのだろうか。
 一ヶ月近く前の出来事なのに、青の中の記憶は鮮やかに浮かんで来る。どれだけ望んでも届かない遥か彼方の理想。
 機体に立てかけられた梯子を掴む。まだ飛び立っていないはずなのに、酷い重力に襲われたかのように、四肢の全てが重かった。


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