!現代パロディ 『肩上ぐらいまでバッサリお願いします。』
そう告げた途端のあの美容師さんの驚いた顔が思い出されて、ふふっと笑ってしまう。(俗に言う思い出し笑いってやつね)
私は昨日、長年伸ばし続けてきたロングヘアーとおさらばしてきたのだ。
美容師さんには「なんで?失恋したの?」としつこく聞かれたけど、特にそういう理由はなかった。
そろそろ夏になってきたし、久々に髪をバッサリ切って気分転換するのもいいんじゃないか、とふと思ったその日に美容室に予約をいれた自分の行動力はすごいと思う。
いざ、美容室のイスに座ると「やっぱりやめようかな…」と思ったりもしたけれど、美容師さんの「ボブカットのひめちゃんも可愛いかも〜」なんていう言葉にワッショイされて、お願いします!と美容師さんに告げてしまった。
カット終了後、鏡に映る自分を見て、ガラリと変わった雰囲気に驚いた。でも、さすが美容師さんだ。私に似合うカットをしてくれており、そのことがとても嬉しくてるんるん気分で美容室を後にした。
そして、今日は月曜日。いつもよりもドキドキした週明けを迎えることとなる。
「おはよう、かすが。」
「おはよ…って、お前、髪っ!」
前の席に座る親友に声をかける。後ろを振り向いたかすがはかなり驚いた顔をしていた。(予想通りの反応だ)
かすがとは中学の頃からの友達で、ロングヘアーの私を見続けてきた人の1人。
「そろそろ暑くなってきたから、夏に向けて切っちゃった。」
似合う…かな?
とかすがに問いかけると、かすがはふわりと笑って「似合っている。とても可愛いぞ。」と褒めてくれた。
長年一緒にいるかすがだからこそ、その言葉はお世辞じゃないことは分かっているので、ますます嬉しくなった。
「それにしても思い切ったことしたなぁ。」
「うん、気分転換に…ね。」
「きれいなロングヘアーだったのに、少しもったいないな。」
「美容師さんにも言われたよ。」
あははは、とかすがと他愛のない話をしていると、後ろから「おはよう」と声をかけられる。この声は、隣の席の慶次くんだ。
「おはよう、慶次く…「えっ!ひめ、どうしたのさ!?髪の毛!」…あ、うん。切ったの。」
「前田、朝からうるさい。」
慶次くんの声が大きかったので、クラスメイトの視線が一斉に私たちに向いた。そして、私の髪型に気がついた友達が寄ってきて、似合ってるねとかもったいないとか色々と感想を言ってくれた。でも、こうして感想を言ってもらえることが嬉しくて、ありがとうと返事をした。
慶次くんを見ると「ボブのひめも可愛い!」とウィンク付きで褒めてくれた。男の子に褒められるのは少し恥ずかしくて、慶次くんから視線を外してしまった。慶次くんは自然にこういうこと言うんだから質が悪い。
「アイツには見せたのか?」
周囲が落ち着いてから、かすがが質問を投げかける。その質問に、私の表情は曇ってしまった。
アイツ、とは。私の好きな人だ。私は後ろを向いてかすがに答えた。
「ううん、まだだよ。だって、かすがに一番に見せたかったから。」
「そうか。(なんて嬉しいことを…!)」
「なになに?恋バナ?俺も混ぜてくれよ。」
「前田は黙っていろ。」
さすがは恋の伝道師、慶次くん。私とかすがを向いてお願いのポーズをとる。(そこまでして混ざりたいのかな…?)
ちょこちょこ慶次くんには恋愛相談をしてお世話になっているので、「全然いーよ。」と返事をした。むしろ、慶次くんにお話したいことがあるので助かった。
「男の子って、やっぱり髪が長い方が好き…なのかな。」
「まぁ、長い方が女の子っぽい気がするけど。」
「…うぅ、やっぱり。」
慶次くん、正直な答えをありがとう。
慶次くんの言葉を聞いてやっぱり切らなければよかったと後悔が押し寄せる。
短くなった髪をさわりながら、はぁとため息をついてしまった。
落ち込んだ私を見て、慶次くんがフォローに入ってくれたが、かすがにゴスッと脇腹を肘撃ちされてしまった。(ごめん、慶次くん)
また以前のような長さになるまでどれくらいかかるだろうか…と考えると、年単位になることは確実なのでますます落ち込んでしまった。
「切らなきゃ良かった…なぁ。」
「えー、俺様はそんなこと思わないないけど〜。」
「えっ!?」
自分の後ろから聞こえてきた声。私は、後ろを向いていた体勢から、自分の前に体を向き直した。そこには、ニコッと笑う彼の姿。私の好きな人、猿飛佐助くんが立っていた。
「おはよ、ひめちゃん。髪切ったんだね。すっごく可愛い。」
「お、おは…よ。ああ、ありがとう!」
噂をすれば影。不意打ちすぎる佐助くんの登場に私の頭は真っ白だ。
あいさつされた上に可愛いと言ってもらえるなんて…!私はどもりながら返事をした。佐助くんはフフと笑う。
「うん、可愛い。似合ってる。バッサリ切ったねぇ。」
「あ、うん。そ、そうなの。…っ!さ、佐助くん!?」
佐助くんの言葉に真っ赤になりながらも返事をすれば、途中でするりと頬に手が伸びてきた。
髪を一束すくいとられたのだ。
佐 助 く ん 、あ な た は な に を !
思考回路ショート寸前だ。
「髪型なんて関係ないよ。似合ってたらどんな髪型でもいい。俺様、ロングヘアーのひめちゃんもボブカットのひめちゃんもどっちも好き。」
ニッコリ笑う佐助くん。
笑顔もかっこいい…なんて見惚れていたけれど、なんだか後半、変な言葉が聞こえてきた気がするのでもう一度佐助くんの言葉を思い返してみる。
「…す、すき……?え、いやいや、そんなことは。」
「うん。俺様、ひめちゃんのこと大好き。」
「…空耳だよね。うん、佐助くんが私のことなんて…」
「もう、ちゅーしていい?俺様、我慢できそうにない。」
「へ、ちゅー?…え、佐助く…!」
佐助くんの言葉が信じられなくて少しばかり自分の世界に入り込んでいたようだ。気がついた時には、佐助くんの顔が目と鼻の先にあった。
ようやく"ちゅー"と佐助くんの行動とがつながり、どうすればよいか考えてみたけれど、時すでに遅し。対処法も考えつかず、私は目を閉じた。
「「させるかぁぁぁぁあ!」」
だが、すぐにかすがと慶次くんの叫ぶ声が聞こえ、思い切り身体を後ろに引かれてしまった。
驚いて目を開けると、慶次くんに羽交い締めにされている佐助くんの姿があった。
「い、痛い痛い痛い!ちょ、何すんのさ!?」
「俺だってひめとちゅーしたいんだ!お前にはさせねぇよ!」
「ひめに何する気だ、貴様ぁぁぁ!」
「ま、待って。かすが、痛い…!」
助けてくれた(?)のは嬉しいのだけど、あまりに必死すぎて、私の肩をつかむかすがの力が強すぎて激痛が走る。
一方、慶次くんも必死なせいか、佐助くんはかなり苦しそうな表情を浮かべている。(ところで、慶次くんから変な言葉が聞こえてきたけど、…たぶん、空耳だろう)
「す、すまない。大丈夫か…?」
「うん。あの、慶次くん、佐助くんを放してあげて…?」
「…ひめの頼みなら仕方ねぇ、か。」
「ありがとう!ひめちゃん、大好き!」
我に返ったかすがは、申し訳なさそうな顔をして私の肩から手をはなした。慶次くんにもお願いして、佐助くんを放してもらったが、慶次くんは少しばかり不服そうだった。
佐助くんは佐助くんで、またまた恥ずかしいことを言いながら、ガシリと私の手を握ってくる。(佐助くんってこんなにボディータッチ多い人だったっけ…?)
「あ、あの…佐助くん?」
「まだ、ひめちゃんの返事聞いてないんだけど。」
「…え?」
急に真剣な表情をする佐助くん。ニコニコ笑っている佐助くんもかっこいいと思うけど、この真剣な顔もまたかっこいい。
私は佐助くんが好きだ。
さっきからかっこいいかっこいい連呼している私だけど、佐助くんはかっこいいだけじゃなくて、とても優しいし、身の軽さは学園一、面倒見がとても良くて、人当たりも良い。同級生だけでなく下級生からも人気な人。女顔負けなほど、料理も裁縫もうまくて、なんでも器用にこなしちゃう。頭がいいだけじゃなくって頭の回転も速いから、勝負事には強いし、生徒会とか委員会とかの人に頼りにされている。
冷静になって考えてみると、そんなすばらしい人の佐助くんが平凡な私を好きだなんて、信じられなくなってきた。
「………。」
私は黙り込んでしまった。佐助くんは私と比べれば派手な人で、良くない噂も聞いたりしている。ナイスバディーな女の人とホテルに入っていったとか、きれいなお姉さんと街中でキスしていたとか。
単なる噂かもしれないけれど、噂の中の女性と私とでは天と地ほどの差がある。(可愛くないしきれいでもないし胸はちっちゃいしお腹たぷたぷだし)
「本当に…私が好き、なの……?」
「え、疑ってるの?」
「いや、だって。私、その…地味だし胸ちっちゃいし可愛くないし成績よくないし…」
自分で言うのも悲しいけれど、私は佐助くんに釣り合う女の子ではない、のだ。
佐助くんに申し訳なくて、佐助くんから視線をずらしてしまった。
「俺様、ひめちゃんが好きなの。地味?そんなことない。ひめちゃん周りが個性強すぎなだけ。胸?これから俺様がでっかくしてあげるから大丈夫。あ、小さいって思ってるわけじゃないからね。ちょうど手にフィットする大きさだから俺様は好きだよ。はぁ?可愛くないとか本気で言ってんの?今までに俺様が何人つぶしてきたと思ってんのさ。今日だって髪を切って可愛くなったひめちゃんにときめいた男子生徒は少なくないんだから。成績…ねぇ。ひめちゃんは努力家なんだけど、ちょっとやり方が良くないみたい。俺様と一緒に勉強して、コツをつかめばぐんぐん上がっていくよ。」
まだまだ言えるよ?
口元は笑っているけれど、佐助くんの目は笑っていなかった。あぁ、私は佐助くんを怒らせてしまったようだ。
でも、怒らせてしまうほど、その、私のことを想ってくれているということでもあるわけで。
佐助くんは本気なんだ、と実感した。それならば、私も真剣に答えなければならない。…答えなどとうに決まっているのだけど。
「わ、私も、佐助くんのことが好きです。大好きです。」
佐助くんの手をしっかり握りかえし、私は目を見て伝えた。
佐助くんは、「よかった」とぽつりとつぶやいた後、私の手を放したかと思えば、後頭部をつかんで、私の顔を引き寄せた。
そしてまもなくして唇が重なる。これはつまり…ちゅーというやつで。
「ささささ、佐助くんんん!?」
「ん、ごちそうさま。それじゃ、俺様教室戻るね。また後でね〜。」
ひらひらと手を振り、何事もなかったかのように目の前から去っていく佐助くん。恥ずかしさやら嬉しさやら驚きやらでなにがなんだか分からなかった私は反応できるはずもなかった。
かすが、慶次くんをはじめ、クラスメイトは大騒ぎをしていたけれど、それもつかの間。
佐助くんがひょこりとドアから顔を出して一言。
「あ、そうそう。ひめちゃんに手ぇ出したら許さないからね。」
絶対零度の笑みを浮かべる佐助くんに逆らえる人などいない。
教室の温度が一気に下がったのは間違いではないはずだ。私の頬は相変わらず熱かったのだけれど。
Today is happy Monday(今度から髪切った時は、一番最初に俺様に見せてね)
(う、うん!)
(可愛いすぎて襲っちゃうこともあるかもしれないけど、いいよね?)
(う、う……え、)美容師さんをBSRの誰かにしようと思ったけど、イメージに合うキャラがいませんでした
20120607
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