!一部流血描写あり食満先輩は優しい。伊作先輩とか雷蔵くんとか優しい人はたくさんいるけれど、食満先輩の優しさはどこかちがう優しさだ。
先輩の優しさは暖かくて柔らかいその居心地のよさは依存性があると思う。
「食満、先輩。」
「ん?どうした?」
委員会を終わらせ、部屋に戻られたのを見計らって、私は先輩のもとを訪れた。同室の伊作先輩は委員会で保健室にいるから、今は食満先輩一人しかいない。
食満先輩は嫌な顔一つせず私を出迎えてくれた。
「少しだけ、甘えてもいいですか?」
「なんだ、そんなことか。」
食満先輩はククッと笑う。私のわがままをなんでもないようにきいてくれる先輩。
先輩は大きく腕を広げた。
「こい。」
少しと言わず、ずっと甘えていい。
私はすぐに先輩の胸に飛び込んだ。先輩は私の背中に手を回して、すっぽりと包んでくれた。先輩の胸は広くて暖かい。背中に回された腕の強さが心地よい。ぎゅっと抱きしめてくれるこの抱擁が私に安らぎを与えてくれるものだった。
「先輩は、優しいですね。」
「優しくなんかねぇよ。当たり前のことしてるだけだ。」
「こんなこと当たり前にできるのは先輩くらいですよ。」
こんなに優しく抱きしめてくれて、ここに来た理由も聞かないでいてくれて。それを当たり前にできてしまう先輩は本当にすごい人だ。下級生がなつくのもわかる気がする。
「今日、実習だったんです、戦場で。」
私はぽつりぽつりと先輩に話した。忍たまのように実戦に出ることは多くないくのたまだけど、ないわけではないのだ。くの一といえど、戦場で任務のために戦うこともあるのだ。 今日はその実習だった。
戦場に行って術を使って敵方を惑わし、無事に帰還するのが今日の課題だった。久々の実戦で緊張した私はヘマをやらかしたのだ。敵方を惑わす前に存在を知られてしまい、刀を向けられた。知られたからには口封じのためにも相手を殺めなければならない。私は命懸けで戦った。
「刺してしまいました、胸を、クナイで。」
心臓を狙えと言われていたのを思いだし、私は無我夢中でそこを狙った。気がついたら大量の血を浴び、敵は倒れていた。
私はすぐにその場から離れ、味方本陣に帰還した。課題は失敗した。
そのことに対して咎められはしなかったが、自分の未熟さを痛感して落ち込んだ。自分がうまく術をかければ、あの人は殺されることはなかったのだから。
学園に戻ってきても、そのことが頭から離れず苦しかった。そして、自分の弱さから誰かに頼りたくなってしまった。
その誰か、が食満先輩だった。
「…大変だったな。」
私が一通り話した後、先輩は私を抱きしめる力を強めた。そして背中をぽんぽんと叩いてくれた。小さい子をあやすかのような優しい手つきで。私は泣いてしまった。
「甘えて、ごめんなさい。いつも頼ってごめんなさい。」
こういうことは今回が初めてではなかった。初めて人を殺めた時、下級生と同じくらいの子どもの死をみた時、仲間を助けられなかった時。心が苦しくなった時はいつも食満先輩のもとを訪れていた。
そして、先輩はそのたびに嫌な顔一つせず、私を優しく包み込んでくれた。
「頼っていいんだ。苦しみは吐き出した方が楽だからな。」
「でも、先輩に迷惑かけてることには変わらないし…。」
「んなわけねぇだろ。迷惑だったらこうやって部屋の中には入れねぇさ。」
「あり、がと…うございます。」
先輩はこうやっていつも私を甘やかしてくれる。
迷惑をかけてしまうからと私が言っても、先輩は私が言い返せないような言葉を返してくるのだ。そして、毎回私は先輩のあたたかさを頼ってしまう。もう、依存しているのかもしれない。
「私はいつも先輩に甘やかしてもらってますが、先輩はどうなんですか?」
「あぁ?どういうことだ?」
「先輩だって、落ち込むことあるでしょう?」
先輩だって、落ち込むことはあるだろう。
私はこうして先輩に頼っているが、先輩はどうしているのだろう。先輩は、自分が甘えられる存在はいるのだろうか。
いつも私や後輩に頼られてばかりで苦しくないのだろうか。
私は先輩を見上げ、答えを待った。
「そりゃあ落ち込むことはあるけど、誰かに頼るとか甘えるとかはしない、な。」
「じゃあ、どうされてるんですか?」
誰かに頼りもしない甘えもしない。
だったら先輩はどうやって心を癒しているのだろう。
いつも優しさを受けるばかりの私が言うのは大変おこがましいことだけど、私のできることなら少しでも先輩の力になりたいと思っていた。ずっと気になっていた。
だから、答え次第では、私ができることもあるのではないかと思ったのだ。
いつも甘やかしてもらっているお詫びになにかできることをしたかったから。
しかし、先輩はうーんと唸ったかと思うと私の顔を見てきたり、頭をぽりぽりかいてあーと言って考えこんだりしていて、答えられる様子は見られなかった。
「…あ、の……」
大丈夫ですか?
そう尋ねようとした時に、先輩の言葉が重なった。
「お前のぬくもりを思い出してる。」
先輩は少し頬を赤くして答えた。
私のぬくもりを思い出してる…?
それはつまりアレだろうか、私は先輩の力になれていると思っていいのだろうか。
自惚れかもしれない。私は先輩に聞き返した。
「あの、それはどういう…?」
「こうしてお前を抱きしめるだろ?そしたらすげー落ち着くんだ。このぬくもりが心地よくってさ。思い出すだけでも心が癒される。」
ある意味俺もお前に頼ってんのかもしれねぇな。
先輩は笑った。
私は嬉しさと恥ずかしさで頭が混乱してきてしまった。先輩に頼られて嬉しい。でも、先輩からそう思われてるのはなんだか恥ずかしい。
「えっと…それじゃあ、これからも、その…甘えていいんですか?」
「もちろんだ。むしろ、そうじゃないと俺が困る。」
「本当にたくさん甘えちゃいますよ?」
「あぁ。全て受け止めてやるさ。」
だから、いつでもこい。
そう言って先輩は、私の頭を自分の胸に押しつけた。トクトクと一定して刻む先輩の心臓の音が聞こえてくる。
聴いてるうちに、先程の混乱もなくなり、心も落ち着くようになった。
私は先輩の背中に腕を回して、ぎゅうっと抱きついた。
私のぬくもりをもっともっと先輩に感じてほしかったから。
「あー。やっぱり落ち着くわ。あったかいし柔らかいし。」
「私も、です。」
ぎゅうぎゅうと抱きしめあう。
互いにぬくもりを感じながら、互いに甘え互いを甘やかす。
「私、先輩ナシでは生きていけない気がします。」
「そうだな。俺も、だわ。」
心地よく安らぎを与えてくれるこの空間。
私たちは気づかないうちに、依存関係になっていたのだ。私は先輩の優しさに依存し、先輩もまた私との抱擁に依存している。
一度この心地よさを知ったら、他では満足できない自信がある。それほどまでにこの空間は心を癒してくれるのだ。
「先輩の優しさは、中毒性がありますね。」
一度知ってしまえば、それナシでは生きていけないほどに。このぬくもりがくせになる。
「…なるほど、中毒性か。」
先輩の言葉に私は顔を上げた。先輩の表情はいつも以上に穏やかな笑みを浮かべていた。そして、その顔は少しずつ近づいてきて。
「もっともっと、依存させてやるから覚悟しとけよ。」
ニヤリと先輩は笑って、そっと私にくちづけた。唇から伝わってくる先輩のぬくもりに、私の心は溶けていくようだった。それほどに甘く優しいくちづけだった。
優しさに、溶ける(こうして私は毒されていく)*----------*
無償の愛を注いでくれる食満を目指したんですが、撃沈。
愛かどうかはわからないけど、安らぎは大事だと思うのです。
20120929
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