「迷い癖を克服しようと思うんだ。」


同室である三郎に告げれば、三郎はあんぐり口を開けたままなにも返しては来なかった。それほど彼を驚かせる発言だったのだろうか。


「……三郎?」

「……すまない。どうしたんだ?迷い癖ならこないだ克服したじゃないか。」


僕の呼びかけにようやく意識が戻ったらしい三郎は、訳がわからないそう言いたげな顔をして僕に尋ねてきた。
確かに三郎の言う通り、僕はこないだタソガレドキ忍軍の多大なるフォローを受けながら、迷い癖を克服したのである。しかし、それは錯覚だったようで。
あの後、お祝いに昼食を奢ってやると言ったハチに、肉か魚かを訊かれた時に僕は迷ってしまったのだ。結局、僕はハチに薦められた焼きサバ定食を頼むことになったのだけど。


「あれじゃあ、克服したなんて言えないよ。」

「……まぁ、否定はできないが。」


途中からではあるが、あの日は最後まで僕と一緒にいた三郎。その時のことを思い出したのか、三郎は苦い顔をして答えた。


「それより、なんで急に克服しようなんて考えたんだ?」

「あー、うん。」


訊かれるとは思っていたが、いざ答えようとすると口が淀んでしまう。
僕がどうしてこんなにも突然迷い癖を克服しようと思ったのかというと、くのいち教室の女の子達のちょっとした噂話を聞いたからである。その話というのが。


『不破先輩の迷い癖、やっぱり治ってないらしいよ。』

『ひめ先輩も大変だよねぇ、不破先輩が迷う度に決めてあげなきゃいけないじゃん。』

『私だったら無理。不破先輩良い人だけど、あれはちょっと…。ひめ先輩もうんざりしてないのな?』


僕の迷い癖の話だったのだ。
迷い癖のことは学園内の人間には知られていることだから、どうこう言われても何も思わないけれど、今回は違った。
恋人の名前がでてきたからである。ひめちゃんは僕と同い年の五年生のくのたま。彼女は僕が迷っているといつも僕の代わりに決断してくれる。
確かにいつもいつも決断してもらうのは申し訳ないし、ひめちゃんも呆れているのではないかと思ってはいたけれど、まさか、後輩にまでそう思われているとは夢にも思わなかったのだ。
これ以上僕のせいで彼女の印象を悪くしたくなくって、僕は迷い癖の克服を決意したのである。


「なるほど、そういうことがあったのか。」

「うん。だから、これ以上ひめちゃんには迷惑かけたくないんだ。」


三郎にわけを話せば、すんなりと納得してくれた。三郎は同室で仲が良いし、大概は一緒にいるので、僕の迷い癖克服のためにはとても重要な存在。三郎が納得して、少しでも協力してもらえたら、と思っていたのだ。三郎のことだから、快く協力してくれるだろう。


「わかった。私は何をすればいいんだ?」

「ありがとう、三郎。えーっと、三郎が一緒にいる時だけでいいから、僕が迷った時はすぐに選ぶように急かしてほしいんだ。」


例の迷い癖克服の時、足音から性別と年代を判断するということになって、利吉さんからかなり急かされたことがあった。その結果、僕はあわあわしながらも決断することができたのだ。(余談だけど、その時僕は足音から若い女性と判断して、実際にその人物を見たら山田先…伝子さんだったから、当たってたのかそうでないのか微妙だった)
三郎からの協力が得られた今、僕はこれから迷い癖克服にむけて努力していかなければならない。


「それじゃあそろそろお昼だし、食堂行くか。メニュー、自分で決めるんだぞ?」

「さっそく訓練開始か。」


私は厳しいぞ?
三郎はニヤリと笑って立ち上がる。僕は三郎に続いて食堂へと向かった。


「今日はなんにするんだ?」

「えーっと、今日は…焼きそばかうどんか…うーん。」


食堂のメニューを見れば、今日のお昼は麺類らしい。
ソースが絡めてある焼きそばも美味しそうだし、さっぱりしたうどんも美味しそうだ。どちらにしようか。
迷い癖を克服すると言った側から僕は迷ってしまった。


「ほら、雷蔵、早く決めないか。焼きそばにするか?うどんにするか?」

「えっと、うーん。焼きそばもいいけど、最近うどん食べてないし…」

「雷蔵!悩むな!」

「わ、わかってるよ!でも、焼きそばはソースの良い匂いがするし、でもさっぱりしたのを食べたい気もするし。」


僕のお願い通り、三郎は僕を急かしてくれる。……が、なかなか決められない。
うどんにしようか、焼きそばにしようか。
こんな簡単な選択でも、僕にとって迷わないということは困難なことらしい。
急かされれば急かされるほど、あわあわと僕は焦ってしまう。焦りからか額には汗がふきだし始めた。


「さぁ、どっちだ。早くしないと後がつまるぞ。」

「え、えぇぇえっと、どうしよ…『焼きそばにしたらどうかな?』…え?」


三郎の急かしに焦りに焦っていた僕。その横から、焼きそばを推す声。
その声はいつも聞き慣れている、彼女の声だった。


「今日の焼きそば、お肉とお野菜いっぱい入ってるから栄養満点だよ。」


どうかな?
と頭を横に傾けて僕に提案するひめちゃん。確かにいつもの焼きそばより具が多めで栄養の面でも腹持ちの面でも良さそうだ。
僕はひめちゃんの提案を受け入れ、おばちゃんに焼きそばを頼んだ。


「えーっと、それじゃあ、焼きそばで。」

「はいよ。」

「おい、雷蔵。」


三郎はため息をついた。
自分で迷い癖を克服すると言っておきながら、結局自分では決められず、おまけに迷い癖克服を決意するきっかけとなった本人に決めてもらったのだ。三郎が呆れるのもわかる。


「ごめん、三郎。」

「まぁ、仕方ないさ。」

「どうしたの?なにかあった?」


三郎に謝れば、三郎は苦笑しながら僕の肩を叩いた。僕と三郎のやりとりを見ていたひめちゃんはわけがわからないといった様子だ。
わけを話そうとしたら、ちょうど焼きそばが出されたので、「食べながら話すよ」と伝えて、僕は焼きそばをもって席に向かった。


「えーっと、なにがあったの…?」

「実はね、」


僕と同じ焼きそばを持って前の席に着くひめちゃん。座ってすぐに尋ねられた質問に、僕は今までのことをすべて話した。
僕の横に座った三郎は、僕の話にうんうんと頷いていた。
 

「つまり、私に迷惑かけたくなくて、迷い癖を克服しようとしたってこと?」

「うん。だって、いつも決めてもらっているから…。」

「まぁ、今回もひめに決めてもらったがな。」

「うっ……」


三郎の指摘に言葉を詰まらせる。初日からこの様子では、迷い癖克服の道のりは、思っていた以上に相当長いものになるだろう。


「いつも決めさせてごめんね。これからはちゃんと自分で決められるように頑張るか…『私、迷惑だなんて思ったこと一度もないよ?』…へ?」


むしろ謝るのは私の方だよ。
僕の言葉を遮って、ひめちゃんは言った。言っている意味が分からず、僕はマヌケな顔をして「どういうこと?」聞き返した。


「私が選ぶことで、雷蔵くんの選択する機会を奪ってしまっていたんだなって思って。ごめんね?」

「そ、そんなことないよ!」


僕は声を荒らげて否定した。
ひめちゃんに謝られるなんて予想外のことだったし、なによりひめちゃんが今にも泣きそうな顔をしていて焦ってしまったのだ。
好きな女の子に泣かれるのは胸が痛い。


「僕はひめちゃんに決めて助かってるよ、すごく。それに、嬉しいんだ。」

「嬉しい…?」


ひめちゃんに決めてもらえるということは、ひめちゃんが僕のことを考えて僕のためだけに選んでくれているということ。
好きな相手にそれだけ想ってもらえるなんて嬉しくないわけがない。


「僕のためだけに選んでくれるんだもの。幸せだよ。」

「ら、雷蔵くん…!」


にこっとひめちゃんに微笑む。しかし、ひめちゃんの表情は雲っている。この様子だと、彼女は、慰めの言葉として受け取ったのかもしれない。僕はもう一度言った。


「慰めの言葉じゃなくって、本当に思ってる。選んでもらえる度にひめちゃんに想われてるんだなって実感できるから。」


誤解しないでね。
ひめちゃんに伝えると、ひめちゃんは「ありがとう」と言って頷いた。泣きそうだった彼女の表情は、可愛らしい笑顔に変わった。やっぱり、ひめちゃんには笑顔が似合う。
お互いににこにこしていたら、横から「コホン」と咳払いが聞こえてきた。もちろんその声の主は三郎である。


「…独り身の私のことも考えろ。」

「ご、ごめん!そろそろ食べようか。」

「う、うん!ごめんね、鉢屋くん。」

「…謝られると余計に辛いんだが。まぁ、いい。」


このバカップルめ。
三郎に憎まれ口を叩かれたが、僕もひめちゃんも笑顔は変わらなくて。
同じ焼きそばを頬張りながら、他愛ない話をする。新しい本が入ったとかどこのお団子が美味しかったとか。
今度の休日はどこに行くかという話では、迷い癖を発揮した僕だったけど、この時もひめちゃんが選んで行き先は決まった。


「美味しいうどん屋があるって、しんべヱくんに聞いたの。そこはどうかな?」

「しんべヱオススメならバッチリだね。そこに行こう。」

「決まりだね。実はね、最初から誘うつもりでお昼を焼きそばを薦めたの。」

「そこまで考えててくれたんだ。ありがとう。」


僕は幸せ者だな。
なんて言えば、またもや三郎に咳払いされてしまった。バカップルのつもりなんてないんだけど、周囲からはそう見られているのか。でも、そう見られていれば、あの噂もきっとなくなるだろう。どう見ても、ひめちゃんがうんざりしているようには見えないもの。


「雷蔵くん、放課後はなにするの?」

「そうだなぁ。委員会も入ってないし、これといってすることはないかな。」

「それじゃあ、勉強教えてほしいな。どうしてもわかんないところがあって。」

「いいよ。僕の部屋でいい?」

「やったぁ!ありがとう。」


またもや僕はひめちゃんに放課後の過ごし方を決めてもらった。最近、ひめちゃんと一緒に過ごすことがなかったから、ひめちゃんもそれを考えて決めてくれたのかもしれない。


「最近、一緒に過ごせてないもんね。」

「あ、気がついてたんだ。」

「いっぱい、いちゃいちゃしようか。」

「うん!」


三郎には申し訳ないけど、他の部屋で過ごしてもらおう。
三郎にチラリと視線を向ければ、三郎ははぁとため息をつきながらゆっくり頷いた。
食堂でこれだけバカップルっぷりを見せつければ、誰だってわかるだろう。ひめちゃんは僕にベタ惚れで、僕もまた彼女にベタ惚れだということを。
後日、僕の予想通り、あの噂話はなくなり、その代わりに学園一のバカップルと噂されるようになった。そして今日も僕らはバカップルっぷりを発揮している。










決めるのはいつも君

(これからもひめに決めてもらうつもりなのか?)
(うーん、でも、子供の名前はきちんと自分で決めたいなぁ)
(子供?誰のだ?)
(僕とひめちゃんの子供に決まってるじゃないか)
(ら、雷蔵くん!?)







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綿菓子の君様提出
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。



20120910



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