!現代パロディ


「今日も空いてるといいんだけど…。」


定期テストまであと2週間。私はここ1カ月ほど図書館を利用して勉強をしていた。
自分の部屋にクーラーがないため、あまりの暑さに集中できず、涼しい場所を求めて図書館を利用することを思いついたのだ。お金もかからないし、息抜きに本も読めるので、本好きの私にとっては最高の勉強場所だった。
エントランスから学習室へと足を進めれば、いつも自分が座る席が空いていたでほっと一安心。窓際の席で、クーラーの風が直接あたらない冷え性の私にとってはベストな席なのだ。
理由はそれだけではない。


「(今日もいる…!)」


なによりこの席は、気になっている人が見えるから、だ。
斜め向かいの机に座る彼。近くにある私立高校の制服を着て、読書をしている。
私が初めて図書館に来た日も同じ席に座っていて、彼が読んでいた本がたまたま私の好きな作家さんの本だったので、なんだか親近感がわいて、「今日はどんな本を読んでいるのだろう」とちょこちょこ見ていくうちに、いつの間にか気になる存在になってしまった。
本を読み進めていくにつれ彼の表情がころころ変わっていく、そのひとつひとつの表情に胸が高鳴った。これはたぶん、恋というものではないだろうか。


「(今日もあの人の本か…。テストが終わったら私も読んでみようかな。)」


昨日と同じ作家さんの本。名前は知っているけれど、読んだことのない作家さんの本だった。2日連続で読むということは、彼はあの作家さんが気に入ったのだろう。あの作家さんはどんなお話を書くのだろう、そして彼はその作家のどこに惹かれたのだろう。彼の気に入ったものは何なのか、全てが知りたくなる。これは、確実に恋だ。


「(あ、笑った…って、そろそろ勉強しなくちゃ。)」


微笑む彼。あの笑顔だとすてきなことが書いてあったのだろうか。
もう少し見ていたいけれど、さすがに怪しまれてしまうし、私の本来の目的は勉強だ。バッグから筆箱とノート、教科書に参考書を取り出す。全教科ともテスト範囲ももう少しで終わりそうだけど、マーカーが大量に引かれた教科書を見ると一気にやる気が喪失してしまう。


「(あの人見たらやる気でるかm……っ!)」


自分なりにモチベーションを上げようと、彼に再び視線を向ければ、なぜか彼と目が合ってしまった。いつもなら本に注がれている彼の視線が、今だけ私に向いている。
嬉しくて恥ずかしくて私の心臓はハイスピードで脈を打っている。
色々な感情が渦巻いて、彼から目が反らせない。どうしよう、どうしよう。
そう思っていたら。


「(笑ってる……?)」


彼は柔らかな笑みを浮かべた。天使のような笑み。
いつもなら温かい気持ちになるけれど、直接向けられるのはちょっと、いやかなり恥ずかしい。顔が熱い。
ますますどうしていいのかわからなくなる。麻痺したかのように身体が動かなくなって、彼から目線を反らせずにいる。


「(どうしよ、このままで……あ、あれ?)」


どうしよう、どうしよう、と狼狽えていたら、彼が読んでいる本をパタンと閉じて席をたった。ようやく彼から目線が反らすことができ、私はすぐにうつむいた。握っているシャーペンを思い切り掴んで、高鳴る心臓を抑えようとする。


「落ち着け、落ち着け…。」

「ここ、いいかな?」

「……は、はい。いいで……!?」


ガタリと椅子をひく音とともに小声で話しかけられる。向かいの席に相席するつもりなのだろうか。いいですよ、そう返事をしようとパッと顔を挙げればそこには、先ほど見つめあっていた彼がいた。
彼が席をたったのは、この席に座り直すためだったのか。彼の行動が全くもって意味がわからない。というか、もう何も考えられない。突然すぎて頭がぐちゃぐちゃ。


「いつも、この席に座ってるよね?」

「……は、い。」

「それって、僕が見えるから?」

「なっ……!」


ふふ。とちょっぴり意地悪な顔をして笑う彼。図星な私は答えられずにあうあうと狼狽えてしまった。
優しい人だと思っていたのに実際はとても鬼畜な人なのかもしれない。


「僕もね、君が見えるからあの席に座ってたんだよ?」


どういう意味かわかる?
彼は尋ねた。どういう意味か、なんてこのような状況だったら、自分の都合のいいようにしか考えられない。私と、一緒の気持ち、なのだろうか。
いや、でも、もし彼が本当に意地悪な人で、「自信過剰もいいところだよ、ストーカーさん」なんて答えられたら、もう私は立ち直れない気がする。


「う、うぅ……」

「ごめんごめん、意地悪が過ぎたかな。」


なにも答えられずにいたら、彼は眉をさげて困ったように笑った。
初対面でこんな意地悪されたら誰だって閉口してしまうだろう。優しそう、という彼へのイメージが徐々に壊れていく。


「僕ね、君が気になるんだ。」

「そ、それは、私が見ていたから…ですか?」


そんなに見ているつもりはなかったけど、私はいつのまにか彼に多く視線を送ってしまっていて、彼もあまりの視線に気がついてしまったのかもしれない。見られている、というのはあまりいい気持ちはしないから。(そう考えると、私、すごく申し訳ないことしてた)
 

「それもあるけど…気になり出したきっかけはもっと前だよ。」

「(やっぱり…)……え?前、ですか?」

「君さ、この作家好きでしょ?」


隣のイスに置いてあるバッグから一冊の本を取り出す。その本は見たことのある表紙で、私のお気に入りの作家さんの本だとすぐに気がついた。


「好き、です。描写とか独特な世界観とか、すごく惹かれます。」

「僕も好きなんだ。それで、よく本屋とか図書館とかに行って新作チェックしてるんだけど…そこでね、君を見つけることが多かったんだ。」

「……え?」


私も彼と同じように、本屋や図書館に行っては新作チェックをしていた。けれども、彼に気づくことはなかった。多分、並んでいる本に気をとられていたからだろうけど。


「マイナーな作家でしょ?だから、同じ趣味の人がいるのかと思うと嬉しくて、さ。それにとても可愛い女の子なんだもん。」

「!」

「お近づきになれないかなーと思っていた矢先に、君が図書館にやってきて学習室に向かうのが見えてね。チャンスだと思って君に興味をもってもらえるようにあの席に座ったんだ。」

「そ、そうだったんだ……」


それで、私はまんまとつられて彼に興味をもったのか。あまりに単純すぎる自分に苦笑するしかなかった。


「そしたら本当に君は興味をもってくれるし……これは運命だと思ったんだ。」

「う、んめい……ですか?」

「そう。出逢うべくして出逢ったんだよ、僕らは。」


なにかの物語のような言い回し。
でも、本好きな私にはとてもときめく言い回しでもあるわけで。
なぜ、彼に惹かれたのかしっくりときた。


「私、好きです。あなたのこと。」


名前も知らない彼だけど、同じ感覚が流れている彼。そこに、惹かれたのだ。波長が合うというかなんというか。
私は恥ずかしさもなく、自然にこの言葉が出てきた。まさか、こんな風に告白するとは考えていなかったけれど。


「ふふ。僕も好きだよ。君のこと。」


彼は優しく微笑む。
あぁ、やっぱり彼は優しい人なのかもしれない。彼の笑顔は優しくてあたたかくて、とても安心する。
好きになってよかった。彼から好かれてよかった。2つの喜びが私の胸を満たす。


「びっくりするくらいうまくいきましたね、私達の恋。」


恋に落ちるまでも短かったけど、結ばれるまではもっと短かった。あまりに出来すぎた恋に内心驚きつつも、先ほどの彼の言葉を思い出し、苦笑する。


「だって、僕らは結ばれる運命だったんだから。ほら、赤い糸みたいに、ね。」


クスリと笑って小指をつき出す彼。くさい台詞だけど、彼が言うとしっくりハマっていて、不覚にもときめいてしまった。
女の子は誰だってロマンチックなものに惹かれてしまうものだから。


「ロマンチストなんですね。」


つき出された小指に自分の小指を絡める。
そこに赤い糸は見えないけれど、私達は繋がっている。小指も視線も心も。


「そういう君も、でしょ。」


彼はまた意地悪な顔をして、ぎゅっと小指を絡められてきた。そんな様子を見て、優しい人だけど、ちょっぴり茶目っ気のある人だとわかった。
私達の間には知らないことがたくさんあるけれど、それはこれから知っていけばいい。名前も誕生日も年齢も性格も、知らないことすべて。


「これからよろしくね。」

「こちらこそよろしくです。」


互いに笑って、私達は小指を離した。
その一瞬、小指が引っ張られるような感覚があったけど、きっとそれは気のせいではないと思う。
私は彼の小指を見て笑った。











君と結ばれてるよ、絶対。

(私も相当なロマンチストらしい)






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赤糸結び様提出
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。



20120721



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