犬と人間
あるひとが、夕暮れの街を自分の家に向かって足早に歩いていた。夕飯のかおりがただよう一軒の家の前に、その家の飼い犬が、小屋の前でくるりとまるまってまどろんでいた。彼はそれを見て思った。「犬は、いいよなあ。毎日、散歩させてもらって、遊んでもらえて、寝たいだけ寝て、その合間に、なにもせずともえさをもらえるんだからなあ。」犬は自分を見ながら通り過ぎていく人間を見ながら思った。「ああ、こんな狭いところから開放されて、帰ってこられなくてもいいから、ひろい草原をどこまでもどこまでも、ずっと駆け抜けたいのになあ。」
あるひとが、夕暮れの街を自分の家に向かって足早に歩いていた。夕飯のかおりがただよう一軒の家の前に、その家の飼い犬が、小屋の前でくるりとまるまってまどろんでいた。彼はそれを見て思った。「気の毒に。来る日も来る日も、首輪でつながれて、自分の行きたいところに行くことすらままならない。ほんとはあんな首輪、ぶち壊して、さっさと自由になりたいはずだ。」犬は自分を見ながら通り過ぎていく人間を見ながら思った。「ああ、おれはしあわせだなあ。こんなにあの家のひとたちにかわいがってもらって、遊んでもらえて、そのうえいつも、おいしいご飯を出してもらえるときた。こここそ、おれの天国だ。ずっとこうしていたいよ。」
あるひとが、夕暮れの街を自分の家に向かって足早に歩いていた。夕飯のかおりがただよう一軒の家の前に、その家の飼い犬が、小屋の前でくるりとまるまってまどろんでいた。彼はそれを見て思った。「犬は、いいよなあ。なにもしなくったって世話してもらえるし、食わせてももらえる。それに比べておれは。いや、まてよ、だけど首輪でつながれて、一生そのままだ。そんな自由がない生活、苦しいにもほどがある。あいつだって自由に動き回りたいだろうに。」犬は自分を見ながら通り過ぎていく人間を見ながら――大きくひとつ、あくびをしただけで――なんにも、考えてはいなかった。