旅人と竜
- ナノ -


旅人と竜



昔 ひとりの旅人が

竜のすみかを訪れた

大きな翼を携えて

大空かけるという種族

ところがそこの竜らには

小さな羽があるだけで

立派なからだを支え得る

そんな翼は見あたらない

旅人 竜に聞いてみた

あなたがたの翼はなぜ

それほど小さいのでしょうかと

竜は答えてこう言った

空飛ぶ理由がないのです

どれほど空が自由でも

自由が何になりましょう

草が主食の我らにとって

おいしい草を食むことが

すなわち大きな幸いです、

何があるかもわからない

そんな危険を冒してまで

空の自由を求める気には

我らはとても、なりません

旅人 かすかに首かしげ

ここにはもう 空飛ぶ竜

どこにもいないのでしょうか

たとえ翼が小さくとも

飛んでみようとする竜は

ほんとに誰も

いないのでしょうか

呟くようにそう問うた

竜はうなずきこう言った

我らこの地に安らう竜

あえてここから離れるなど

思いもよらぬことなのです

ただひとり 幼きこころの

無知と無謀 愚かさゆえ

向こうのあの丘のうえ 

徒に羽ばたく子どもの竜

いるにはいるのですけれども

長じればやがて悟るでしょう

空になど何もないことを

この場所こそが至福だと




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