- ナノ -



とはいうものの
2021/08/15 22:40

特に「よーし! これ書くぞ!!」というものがなくとも、思い浮かぶ端から文章を書き連ねていくっていうのはたのしいことなんですよね。はい。

先週の「きろく」をご覧いただいた方々から総つっこみされる様子が脳裏をよぎりました。どうもすみません。
  
いや、ほんとうに、前回書いた内容……
何か書くときに「これだ! これこそ私が伝えたいことだ!」というものをしっかり持って、それを届けるように書くのは大切だと思っています。
しかしその一方で、そんなに気負いすぎず、肩の力をすーっと抜いて、
なんとなくこれをことばにしたいなあ、文章にしたいなあ、という感覚をとにかく大事にして書いていく文章の、ここちよさ。
身軽でよくなじむ服をさらっと着て散歩に出かけるような、
雲のない青空の下で思い切り深呼吸をするような、
そんなこころもちになります。

でも、たのしさにまかせて書き続けると、書くのにけっこう行き詰まっちゃったりもするんですよね。
あてもなく書いているので終わりが見えてこないというわけです。
誰に見せるわけでもないメモのようなものならとにかく、
読んでくださる方がいる書きもののことを考えると、なにかしらの区切りというか、着地点というか……そういうものがやっぱり必要です。
というわけで、“そこはかとなく書きつくる”ときには、
こういうのを書きたいなあ、というふんわりとしたイメージといっしょに、
私はその文章の終わりの部分のイメージをふくらませるようにしています。

しっかり伝えたいものがあるときの文章と、なんとなくことばにしたいものがあるときの文章。
そのどちらにもよいところがあるように思います。
そして、表現したいものがあるという意味では、どちらも共通しています。
もしかすると、このふたつの文章のちがいは、「よりしっかり伝えたいことがある」ということと、「形にしてみたいイメージがある」ということの比重の違いなのかもしれないとも感じます。


お読みくださり、ありがとうございました。
それでは、また。


管理人 ひらい しん








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