★完全無欠のシンデレラ

 ――穢れた血のくせに。

 もう何度も聞いた言葉。あなた達ってそれしか言えないの? 確かに純血主義がこぞって集まるスリザリンに私みたいなマグルが振り分けられたのは可哀想に思うわ。彼らの伝統や信念に泥を塗ったんだもの。だけど私にどうしろって言うのかしら。組分け帽子は私の髪が帽子に触れるより早くスリザリンと告げたんだから、仕方ないじゃない。
 それにしたって純血主義だと声高々にしている人たちも大したことはない。ホウキの腕前だって自信があるし(やっかまれてクィディッチには出してもらえないけれど)、なにより私は学年首席だ。マグルに負ける純血主義なんて、家でご両親が泣いてるわよ。

 大広間のテーブル、一番端が私の特等席。サイドの髪を人差し指に絡めていじりながら、適当に時間を潰していた。わざと大きな声で私への罵声を飛ばしてくるのを聞き流すなんていつものこと。負け犬の遠吠えなんて、痛くもかゆくもなんともない。ダージリンを飲み干してその場を後にすると、私の足は温室へ向かっていた。スリザリンの人たちはあまり立ち寄る場所じゃないから、私は好き。

「……あー」

 人通りの少ない道を選ぶようになったのも、好奇の視線にさらされるのが嫌だったから。いつもの道を進んでいると、壁に背を預けてしゃがんでいるグリフィンドールの生徒がひとり。よりにもよって、悪戯仕掛け人じゃない。
 私はスリザリンだとかグリフィンドールだとかかけらも興味はないけれど、相手はどうか分からない。ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックはスリザリンと分かれば見境なく呪いをかけてくると聞いているし、この人もそうである確率は低くない。見なかったふりをして一度通り過ぎたけれど、やっぱりそんなことできなくて、歩みを戻す。

「ねえ、大丈夫?」
「……君は、」
「ひどい汗じゃない。はい、ハンカチ」

 おろしたてのレースのハンカチをポケットから取り出して、目の前の彼――リーマス・ルーピンに差し出す。彼は一瞬きょとんとして、それから一向に受け取ろうとしなかった。

「……スリザリンに助けられるのは嫌かしら」
「いや、違うんだ。……ありがとう」

 額の汗を拭う様子は、彼がもう少し顔色が良かったら様になっていたかもしれない。水を持ってこようか、いっそダイレクトに杖から水を出すか迷っているとリーマスが私の肩を叩く。

「改めてありがとう。えーっと、」
「ナマエ・ミョウジよ。学年はあなたのひとつ下、寮はご覧の通りスリザリン。あなたの名前は知ってるから自己紹介はなくていいわ」

 どうして助けたのか。青白い顔にそう浮かんでいてため息をつく。

「まるで死にかけみたいだったわよ、あなた」
「はは、いつものことさ」
「いつも? 早くマダムのところに行くのが懸命ね」
「治れば、苦労しないんだけどね」

 瞳に落とされた影に気づいて、それ以上何も言わなかった。穢れた血だと揶揄され、変えることのできない現実に苦しんでいた過去の私を思い出す。誰しもコンプレックスはあるものだ。

「ねえ、あなた甘いものは好き?」
「? ああ、好きだけど……」
「じゃあこれをあげる。きっと元気になるわよ」

 マグルの世界のチョコレートで、私の大好物。長期休暇になると必ず買いだめをして、疲れたらこれを食べる。純血主義の間抜けたちにどんなにバカにされたって、これを食べていつも気分をリセットしていた。チョコレートを受け取ったリーマスは、少し気分が良くなったみたい。

「ありがとう、ナマエ」
「どうってことないわ、気にしないで」
「今度、なにかお礼をさせてくれないか」

 お礼? 首をかしげる私に、リーマスはハンカチとチョコレートを見せる。そんなこと気にしなくていいのに、律儀な人。

「……リーマスさえ気にしなければ、私と友達になってくれない?」

 ただでさえ嫌われ者のスリザリンで、内部からも嫌われている私に友達なんてひとりもいない。今までの学校生活で特段困ったことはなかったけれど、楽しいかと言われるとそんなことはない。私の相手をしてくれるのはゴーストと植物と本だけ。なんてさびしい生活だろう。振り払われるのを覚悟して右手を差し出すと、間も空かずに彼の右手がそれを掴む。

「こちらこそよろしく、ナマエ」

 今にも壊れてしまいそうな、儚くて脆さを感じる笑顔だった。そういえばホグワーツでこんな風に誰かと触れ合うなんて、初めてじゃない? ああ、なんだろう。心臓のあたりが暖かくて、思考がうまく回らない。青白い顔の割に彼の手は暖かかった。チョコレート、溶けちゃうんじゃないかしら。もしリーマスが気に入ってくれたら、今度は彼から話しかけてくれるって期待してもいい? だって私たち、もう友達なんだもの。

 だけど私、どうやらリーマスのこと好きになっちゃったみたい!

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