★不器用につむいだ糸

 にごった瞳と視線が合って、動けなくなった。走り去るなまえの背中も追いかけられなくて、足音が聞こえなくなった頃、ようやく我に返る。なんで俺はこうやって、一緒にいてくれる子を突き放しちゃうんだろう。
 謝んなくちゃ。なまえがここに来る前に思ってたことをぶつけちゃったけど、出会ってからは、そんな子じゃないってちゃんと分かってた。なまえだって努力して、あんずより信頼もないまま全力を尽くして、ちゃんと成果を出してた。いらないなんて、思ってないよ。

 自分にため息をついて、なまえの衣装部屋に向かった。レッスンが無ければ、なまえはいつもそこにいるから。すごく楽しそうな顔で衣装を作ってて、気分がいいと鼻歌まで歌ってる。どうやら本人は気づいてないみたいだけど。

「……いない」

 まさか、そこにいないと思ってなかった。途端にまた不安に駆られて、電話をかけてみるけどコールは鳴りっぱなし。慌てて他のレッスン室とか、音楽室とか、うちのクラスとか、思い当たるところはぜんぶ確認したのに、どこにもなまえはいない。

「あ、凛月!」
「っ、ま〜くん、ねえ、なまえ見てない?」
「お、おう。同じ用事かよ。さっきなまえとすれ違って、なんか様子が変だったからなにか知らないかと思ったんだけど……」
「どこに向かった!?」
「え、玄関の、ほう」

 ああもう、外なんて、探す場所がありすぎる。舌打ちしそうになったけど、ぜんぶ俺が悪いんだからそんな権利もない。日が出てないにしても珍しく活動的な俺に、ま〜くんは口をあんぐり開けていた。


* * *


 教室に置いてある傘なんて放って、びしょぬれになりながらなまえを探す。ばかみたいに広い学校がひたすら憎い。学校より外に行ってたら、俺にはもう探しようがない。彼女の家も、行きそうな場所も、どこも知らない。お願いだから、俺の手の届くところにいて。

「……なまえ、なまえ!」

 さすがに全力疾走が堪えてきたころに、ようやくなまえを見つけた。雨の中座り込んで、こっちからは背中しか見えないけど。
 ありったけの大声で名前を呼ぶと、彼女はゆっくり振り返る。その視線が俺を捉えると、また、恐怖の色を映す。自分のせいなのに、それが苦しくてたまらない。

「や、やだ、いや、」
「なまえ、逃げないで」
「〜〜っ! や、痛い!」

 ぐいっと腕をつかむと、今度は眉間にしわを寄せた。過剰に思える反応は、多分腕をつかむ強さのせいじゃない。とっさに肩を抑えたなまえを見て、突き飛ばしたときの映像がフラッシュバックする。

「っ、ごめん。肩、痛い?」

 心配になって手を伸ばすと、なまえが小さく震えていることに気がついた。雨に濡れてさむいからか、俺への恐怖かは分からない。

「……ごめん、なさい」
「え?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
「なんで、なまえが謝るの? 謝るのは俺のほうでしょ」
「ごめっ、なさ……」

 泣きながらうわ言のように謝り続ける様子に、俺まで混乱する。俺と、そして俺を通して見てる誰かに謝っているなまえは、今にも壊れてしまいそうだった。震える声に、俺まで泣きそうになってしまう。

「ひっ、う、ごめん、なさ、」
「……なまえ、こっち向いて」

 返事は待たないで、なまえの頬を両手ではさんで上を向かせた。何かを映すことをやめようとしているその目に、しっかりと俺を映してもらう。

「ひどいこと言ってごめんね。いらないなんて思ってないよ。なまえががんばってるのはちゃんと知ってるし、俺が一番見てたから」
「ちが、わたしは、」
「どんなになまえが否定しても、俺が何度でも言ってあげる。俺はね、なまえが好きなんだ。楽しそうに衣装作ってるのとか、俺のために歌ってくれるのとか、優しすぎるところとか。ぜんぶ含めてなまえが好き」

 なまえの目からぼろぼろこぼれていた涙はようやく止まったみたい。本気で驚いてるみたいで、死んでいた目を見開いて、徐々に俺を映していく。俺がなまえを好きなんて、分かりやすかったと思うけどなぁ。

「なまえが好きだから、Valkyrieに嫉妬したの。俺といるより楽しそうでむかついた。それで八つ当たりしちゃったんだよね」
「……ありえ、ないよ」
「ん〜、なにが?」
「だって、凛月くんは、きらきらしてて、私とは正反対の人だもん。そんな人が私を好きなんて、こんな幸せな話、あり得ない」
「俺がきらきらしてる? ふふ、変わってるねぇ」

 最初からなまえは変わった子だった。だけど今はそんなのどうでもいい。俺がなまえを好きだって言ったら、幸せだって思ってくれるの?

「凛月くんに必要だって言ってもらえて、私、すごく嬉しかったの。凛月くんが言ってくれたら、血なんていくらでもあげるし、歌だって何度でも歌うよ。だから、私のこと好きじゃなくてもいい、お願いだから、いらないって、言わないで……」

 俺、さっき好きだって言ったはずなんだけどなぁ。どこまでも卑屈ななまえに呆れて笑うと、ブレザーの裾をぎゅうっと握られる。まるで、捨てないでと控えめに鳴く子犬みたい。

「もう一回言ってあげる。なまえがなんて言おうと離してあげないし、そもそも血がおいしいのはなまえが好きだからだよ。だから、ずうっと俺のそばにいて?」
「っ、う、うえっ、うううぅ〜〜……」
「ふふ、そんなに嬉しい?」

 子どもみたいにしゃくりあげながら、こくこくと頷くなまえは俺しか見えてない。ああもう、ほんとかわいい。ブレザーを握っている手をほどいて、俺の手を重ねてみる。ゆっくりだけど握り返してくれて、もう、俺を拒もうとはしなかった。

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