★前にも後ろにも進めない

 やけに教室がうるさくて寝られなかったのとか、静寂を求めた先でうっかり兄者に出くわしたのとか、お気に入りのアイマスクをなくしたのとか、なまえが3年としゃべってるのを見ちゃったのとか。とにかく、今日はすごくいらいらしてた。だから、なんて言い訳にしかならないのに。俺は彼女に、最低な言葉を言い放った。


* * *


「それ、Valkyrieのライブのやつ?」
「へ? あ、凛月くん」

 放課後の教室で、俺が来たことも気づかないくらいなまえはバインダーとにらめっこしていた。後ろから覗き込むと、それは未完成のステージ画。重苦しい色合いは、Knightsとは程遠い。

「そうだよ」
「楽しい?」
「うん! やっぱり私、演出するのが好きだし、衣装作りは特に好きだから。Valkyrieのライブを、お手伝い程度とは言えプロデュースできるなんて、すごく光栄だなって」

 ねえ、なんでそんな風に笑うの? 俺にはそんな風に笑ってくれたこと、なかったじゃん。まるで、ずっと焦がれていた人を捕まえた、みたいなさぁ。なんで、って考えて、やっぱりいらいらする。

「……それ、あんずじゃなくて良かったの?」
「え、」
「だって、あんずはアイドル科の革命をした女神さまでしょ? みんな、本当はあんずにプロデュースしてほしいんじゃないの」

 革命されてからここに来て、みんなの役に立ってる気になって、それって都合が良すぎるよねぇ。あんずとなまえが同じ仕事をしてたって、あんずはそこに到達するまでに、倍以上の苦労をしてる。あんずの活躍を踏み台にしてるって、ちゃんと分かってる?

「わ、私、そんなつもりは、」
「そんなつもりなくても、そう思われても仕方ないんだよ、なまえは」

 いらいらして、気分が悪い。これ以上ここにいたら、もっとひどいことを言ってしまう。なけなしの良心が働いて、彼女と目を合わさずに廊下へ向かう。

「ま、待って、凛月くん」
「さわんないで!」

 なまえの肩を乱暴に押すと、思った以上に力が入った。大げさな音を立てて壁にぶつかって、そのまま力なく床に座り込む。俺を見上げる視線には、恐怖の色が混じってた。そんな目で俺を見ないでよ。ねえ、俺に笑ってくれるなまえがほしかったのに。そんな子なら、もう、

「あんたなんていらない」
「っ、」
「この学院も、Knightsも、俺も、あんたがいなくたってやっていける」

 独占欲のせいで飛び出した言葉がようやく止まって、それからはっとする。こんなことを言いたかったんじゃなかったのに。今更襲ってくる罪悪感に、なまえを見る。

 その目は、もう俺どころか、何も映していなかった。

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