★神様に手を伸ばした日

「……それ、Knightsの衣装?」
「ふふ、そうだよ」

 凛月くんが私の肩にもたれながら、手元を覗き込む。すごく今更な質問に笑うと、気に入らなかったのか肩にぐりぐりと頭を押し付けられる。だって、これは凛月くんの衣装なのに。
 最近よく膝枕を頼まれるようになった。もちろんまだ恥ずかしいけど、以前よりはだいぶ慣れたと思う。それでもこの、私の城の中に限った話だ。今日みたく作業がある日は肩で我慢してもらってる。珍しく寝るつもりがないのか、私のお仕事に興味津々な様子。

「この前はRa*bitsじゃなかったっけ」
「うーん。昨日は2winkのを終わらせたから、その前の話だね」
「ま〜くんもあんずもなまえも、忙しいのが好きだねぇ」

 そういうわけじゃないけれど、反論し切れる気がしなくて口を紡ぐ。そもそも私は衣装の腕を買われてここに来たのだ。だから、これは私がやるべき仕事なのである。
 衣装に優越を付けるつもりはないけれど、Knightsの衣装は装飾品が多いからとても楽しい。飾りボタンはどうしようとか、ここの布はどうしようかとか、些細な色味でうんうんうなったり、とか。モデル経験者のふたりと天才肌の王様は一筋縄じゃいかないけれど、その理想を叶えたら、きっといままで見たことのない世界が見える気がする。

「ねえ、なんで演劇やめたの?」

 急に落とされた質問に、肩が揺れる。演出のほうが、衣装のほうが、と言ってきたけれど、1番の理由はそれじゃない。

「……ずっと、憧れてた役があったの」

 そもそも大好きな演劇で、私はそのヒロインになりたかった。演じたいとかじゃなくて、彼女のような人になりたいという、その感情はまさに憧れだった。その役に1年生ながら選ばれて、すごく嬉しかったのを覚えてる。胸が高鳴って、世界がきらきら輝いていて、ああ、私はこのために生きてきたんだって本気で思った。ようやく、私は「私」から「彼女」になれると信じてた。他の人より何倍も練習して、今までの人生をすべてかけるくらい演劇に明け暮れた。自分でも、役者が天職だと思うくらいに。

 そして舞台の上で、私は彼女を演じきった。鳴り止まない拍手、眩しいくらいの照明を浴びたカーテンコール、私を見る共演者の輝く瞳。そのきらめく世界の中で、私だけが、「私」の限界に気づいてしまっていた。
 役者としては完璧だった、だってヒロインを演じきったのだから。だけどどんなに練習しても、私は演じなければ彼女になれなかった。「役者のみょうじなまえ」ではなく、「ただのみょうじなまえ」が彼女になることは、できなかったのだ。

「私が憧れた彼女にはなれないんだって分かって、なんだか一気にむなしくなって、それでやめたの。もちろん衣装づくりとか、演出家も楽しかったから、後悔はしてないよ」
「ふぅん」
「ふふ、面白くないでしょ? ごめん、もうちょっとドラマティックな話だったら良かったね」
「ん〜……べつに。ただなまえのことが知りたかっただけだからねぇ」

 凛月くんのこういう発言は、心臓に悪い。さらさらの髪がくすぐったくて身をよじると、動くなとでもいうように腰に手を回される。私の血がほしいだけなら、こんなに距離を詰めてくるだろうか。
 顔色を悪くして帰ってくる私を見て、衣更くんに心配されたことがある。俺からやめろって言ってやろうか? って。それに対して、私は訳がわからないと言うかのように首を横に振った。私と凛月くんの関係は、なにもどちらかが強制しているわけじゃない。普通じゃないのは分かってる、だけど、私はこういう方法でしか自分の存在理由を見つけられない。

「呆れるくらいお人好しで、衣装づくりに一生懸命で、ステージに関しては人一倍こだわりがあって」
「……うん」
「俺が知ってるなまえはそういう子で、俺は、そういうなまえのこと、気に入ってるんだけどなぁ」
「うん、ありがとう。そんなこと言ってくれるの、凛月くんだけだよ」

 やっぱり私の返答が気に入らなかったのか、また頭をぐりぐり押し付けられる。それは猫が構ってと言っているかのような仕草で、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
 凛月くんは自分のことを、夜の世界の住人だ、なんていうけれど。私からすれば、凛月くんだって十分まぶしいくらいだ。私を日の当たる世界の住人として見るその視線に、いつかじりじりと焦がされてしまいそう。少なくとも私は、彼の言うようなお人好しじゃない。ただ自分がかわいいだけの、欲深い人間なんだから。

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