★モノクロの記憶で確かに色付く

 今日は珍しく、Knightsのレッスンを持っていた。プロデュースすることは私の学生としての務めであるから、私情をはさむわけにはいかないが、どうにもKnightsは苦手だった。信頼関係を築いているあんずちゃんに比べて、私は瀬名先輩に好かれていない、多分。以前レッスンを受け持ったときは、まるで私の意見はいらないとでもいうかのように雑用しかさせてもらえなかった。

 何より、Knightsの王様ーー月永先輩に、未だ出会ったことがない。

 破天荒な人だとあんずちゃんから聞いているし、演劇科にも噂が流れてくるくらい有名な人だった。アイドル科で1、2を争う天賦の才能の持ち主。アイドルにそこまで興味のなかった私でも、彼が作る曲の素晴らしさは知っていた。きらきらしていて、時に刃のような鋭さを見せて、時に羽毛のような柔らかさを見せる。そんな印象。

 Knightsのスタジオの扉を開けると、やけに静かだった。いつもはお姉ちゃんが世間話をしてて、瀬名先輩と朱桜くんがなにか言い合ってて、なのに。部屋の奥に足を運ぶと、うずくまった男の子が、オレンジ色のしっぽを揺らしてペンを走らせている。誰、と考えるまでもない。彼がKnightsの王様、月永レオだ。

「これ……」

 何枚目かも分からない楽譜の1枚を手にとって、メロディーを軽く確認する。これは、バラードだ。透明感のあるメロディーに、どこか儚さが添えられた音楽。歌詞も何もないその音符たちを、ためらいなく鼻歌に乗せた。

「〜〜♪」

 すると月永先輩ははっとしたように顔を上げて、それに驚いて私もそちらを向く。どうやら、私が来たことに全く気付かなかったようだ。

「ん? お前誰だ?」
「あ、私」
「待って、言わないで! 考えるから!」

 人差し指をこめかみに当てて、眉間にシワを寄せて月永先輩はうんうんうなる。言うなと言われたから黙って待つけれど、初対面なのだから彼が私の名前を知ってるわけがない。それに、月永先輩は忘れっぽいというか、興味がないことは覚えない人だと聞いている。たとえ初対面じゃなくても、私はその「興味がないこと」の対象だろう。

「……! なまえ! そうだなまえだ!」
「え、」

 そのはずだったのに、月永先輩はなぜか私を知っていた。その目はキラキラ輝いていて、私には、すごく眩しく感じる。

「演劇科の! でもなんでここにいるんだ? まあ良いや! なあ、おれの妄想のために歌って!」
「歌って、って、」
「妄想の予感がする! 今、お前が歌ってくれたら、おれは最高の曲がかける気がする! いや、絶対に書く!」

 だから歌って!

 それは、要望のようで、ほとんど命令だった。本人にそのつもりはなくても、そうせざるを得ない気持ちにさせる。さすがは、Knightsの王様。音響機器も何もないこの環境で歌って、なんて、もう! むちゃくちゃだとか、なんで私のことを知ってるのかとか、言いたいことはたくさんある。けれど私の口は、文句ではなく歌を紡いでいた。


* * *


 歌い終わってまぶたをあげると、後ろから拍手が聞こえてくる。さっきの月永先輩も、これくらい驚いたんだろうか。拍手の元をたどると、なんと、お姉ちゃん以外のKnightsが全員いた。

「Excellent! お姉様、見事な歌声でした!」
「ひぃっ!」

 せっかくこの前と同じく英語で歌ったのに、朱桜くんが居たら台無しだ。ドアは3人に塞がれてるし、レッスンを担当してるからそもそもここから逃げるわけにもいかない。苦肉の策で窓際に逃げてカーテンに隠れたのに、なぜか瀬名先輩がじりじりと距離を詰めてくる。月永先輩は、とっくの前から手を動かすことに一生懸命だ。

「あんた、お顔がきれいなだけじゃないんだねぇ」
「あ、ありがとうございます……?」
「良いんじゃない? きれいなお顔でなおかつプロデュースもちゃんとできるなら認めてあげるよ」
「え……? え、あ、ありがとうございます!」

 認めてあげる。
 その言葉が嬉しくてカーテンから顔を出すと、思った以上に顔が近くて息が詰まる。歌を聴かれた恥ずかしさと認められた嬉しさに挟まれて、この後のことをまったく考えられない。フリーズしかけた私の意識を引き戻したのは、不機嫌そうな同級生だった。

「……なまえ、来て」
「え、凛月くん?」

 私の返事も困惑する朱桜くんの声も聞かないで、凛月くんはすたすた歩いていく。いつにもなく歩くのが早くて、もつれないようにするのが精一杯だった。
 なにか、気に触ることをしただろうか。そう考えるだけで胃の中がもやもやする。もしそうならば、どうにかして機嫌を直してほしい。誰か、ではなく、私は凛月くんに嫌われることを恐れていた。



 音楽室に着くと、手首を掴んでいた凛月くんの手が離される。その表情に怒りは見えなくて、ひとまずは安心した。……けれど、なぜか寂しそうに見える色を放っておけなくて1歩近づくと、その瞳が不安に揺れる。

「どうしたの?」
「……この前、すごく、幸せな夢を見た気がするんだよねぇ」
「?」

 なんの話か分からなくて、首を傾げる。そんな私に構うことなく、凛月くんは私の髪を横に払って首筋をあらわにした。一瞬触れた指の冷たさはもう、何度も味わったことがあるもので。これからされることを予感して、張り詰めた空気の中でつばを飲み込む。

「あの歌は、俺だけに歌って?」

 凛月くんの指が傷あとになっているだろう場所をなぞる。ようやく彼の言うこの前が、いつのことを指しているか理解した。目の前で切なげな顔をする凛月くんが、私の腰を引き寄せる。
 心臓が破裂しそうなくらいばくばくしてるのは、きっと、今までにないくらい密着してるからだ。その声に、表情に、惑わされないようにしなければ。

「……ごめんね」
「え? ……い、っあ!」

 引き寄せた力と声色の優しさとは裏腹に、犬歯が皮膚をやぶる感覚は、今までで1番痛みを伴った。最初の、事故のような吸血行為は別として、今まで彼がちゃんと手加減していてくれたことが分かる。痛い、痛い、痛い。だけどここで突き放したら、きっと凛月くんは私から離れてしまう。

「〜〜! ひぁ、うっ、」
「ん、ちゅ、んん」
「ふ、ううぅ……りつ、」

 唇を噛み締めて、痛みから漏れる声を必死にこらえる。こんな痛みですらも、私を求めてくれるなら嬉しく感じてしまう。月永先輩が私を知った頃から、いや、それより前から、きっと私はおかしくなっていたから。かすかにしびれ始めた腕で、凛月くんの腕をつかむ。首筋から体温が離れると、自分じゃない息を呑む音が聞こえた。

「……なまえ、俺のこと嫌いになった?」
「っ、はっ、は……なん、で」
「だって、泣いてる」

 凛月くんの冷たい指が、私の目尻をなぞる。痛みが優先していて、自分が泣いていることすら気付かなかった。どうして泣いているのか分からない、けれど、彼を嫌いになったなんて、あり得ない。
 まぶたが急に重くなって、意識が遠くに行きそうになる。なんとか凛月くんの背中に手を回すと、また、距離がゼロになる。

「きらいになんか、ならないよ。おこってないし、こわくも……」
「……ふふ、眠い?」
「ん……」
「少ししたら起こしてあげる、おやすみ、なまえ」

 リズミカルに背中を叩く振動が心地良い。そうされた記憶はないのに、どうしてこんなにも落ち着くのだろう。言いたいことも聞きたいこともたくさんある。だけどそれは今は、しばらくは、置いておくことにしよう。自惚れでなければ、凛月くんに嫌われてはいなさそうで、それが嬉しくて私はまどろみに沈んでいった。

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