★幼い独占欲

「んん、ん〜〜……。ふぁあ……あれ?」
「あら、凛月ちゃん珍しいわねェお昼に起きるなんて。おはよう」
「なまえは?」
「なまえちゃん? 3年生の教室に行くって言ってたわよォ」
「なんで? セッちゃん? 王さま?」
「それがねェ、すごく急いでみたいで、聞く暇もなかったのよ」

 昼休み、いつもならゆるゆると肩を優しくゆすって起こしてくれるなまえが居なかった(俺が起きるかは別として)。のろけみたいになるけど、割りと俺を優先してくれるなまえがいないなんて、それこそ昼に自主的に目覚めた俺と同じくらい珍しい。

「なまえちゃん、お師さんとこちゃうかなぁ」
「あら、みかちゃん」
「多分やけどね。今度、Valkyrieのプロデュースしてくれるんよ。お師さんがなまえちゃんのこと気に入っててなぁ」
「なまえちゃん、かわいいものね」
「んああ、それもやけど! 衣装とか! 演出とかそういうん!」

 ……なにそれ。そりゃあなまえはKnightsの専属ってわけじゃないし、むしろ元々Trickstarとつながりが強い、あくまでみんなのプロデューサーだけど。時間は絶対厳守する子だから、遅れそうで急いでたわけじゃないと思う。なら、急いでた理由なんて、楽しみだったから、とかじゃないの。普通に考えて。

「なまえちゃん、前にValkyrieのライブで見たことあるんよ。やっぱ、お師さんの良さが分かるんかなぁ!」

 ガタン!
 勝手に話を聞いておいて、さえぎるように席を立つ。イスが転がってるけど、大して気にしないでクラスを出た。こういう時に限って、ま〜くんも居ないし、最悪。良かったことと言えば、クラスのやつらは俺が寝起きで機嫌が悪いと勘違いしてることくらい。ナッちゃんは、分かんないけどね。


* * *


 ピアノを弾いても弾いてもむしゃくしゃする。昼に聞いた話のせいなのか、ただ単になまえに今日一度も会ってないからなのか。
 もう一回、鍵盤に指を置いて深呼吸をする。モノクロのそれを叩いて奏でるのは、なまえが俺に歌ってくれるあのミュージカルナンバー。演劇の内容はあんまり知らないけど、曲だけは、もう覚えてしまった。
 王さまがなまえを知ってたのは、あの子がまだ演劇科にいた時にお芝居を見たらしい。なまえが演劇をやめるよりちょっと前。その時、雷に打たれたくらいの衝撃を受けて妄想が降りてきたみたいで、それで珍しく名前を覚えてたそうだ。

「あ、やっぱり凛月くん」
「……なまえ」

 音楽室の扉を開けて、俺と目が合うとにこりと笑う。きれいな顔。セッちゃんも、Valkyrieのリーダーも認めた子。

「ピアノ、弾けるんだね。私の好きな曲だからもしかしてって思ったけど」

 分かってる。なまえはあんずと同じで、みんなのプロデューサー。けど俺は別にプロデューサーがほしいわけじゃない。天才じゃなくても構わない、なまえが居てくれるならそれでいい。だから、俺以外にそんな風に笑わないでよ。俺は、なまえの特別がほしいのに。

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