★錆びついたスポットライト

 それは、ある日のお昼休み。
 ご飯を済ませて凛月くんと教室に戻ると、うちのクラスに本来はいないはずのオレンジ頭の男の子が見える。そして隣にいるのは衣更くん。つまり、オレンジ頭は明星くんだ。2人仲良く左右のイヤホンを付けて、なにか画面をじーっと見ていた。それを後ろからのぞき込んで、一瞬、息が止まる。

「なんで、」
「うおっ! って、なまえ」
「や、やだ!」

 プレイヤーを乱暴に閉じて、イヤホンを力任せに抜く。2人が「いてっ!」っと言うのも気にしない。ただでさえ、血液が少なくなったばかりだというのに血の気が失せる。なぜかB組にいる明星くんはきらきらした瞳で私を見た。

「なまえって、すごく楽しそうに演技するんだね!」
「勝手に見たのは謝る、ごめんな? 北斗に貸してもらってさ……。でも、恥ずかしがることねーって。すごかったよ、お前」

 氷鷹くんの顔を思い浮かべて、盛大なため息をつく。そういうことじゃない。プロデュース科に来るより前、演劇科にいる時すでに私は役者をやめたんだから。
 2人が見ていたのは、私が一番好きな演劇で、ヒロインを務めたときのもの。そして、役者としての最後を飾ったのもそれ。良い思い出も、悪い思い出もすべてがあれに詰まっている。

「なーに、名前が演劇科だったときのやつ? 俺も見たいなぁ」
「たいしたものじゃないから。時間、もったいないよ」

 笑ってそう告げると、凛月くんは納得していなさそうにふぅんとつぶやく。焦りや不安を笑顔で隠すのは、息をするのと同じくらい慣れていた。


* * *


 衣更くんに頼み込んで半ば奪い取った小さな空き部屋は、すでに私の城のようになっていた。布も装飾品も、裁縫道具もスケッチブックも、全部私の手であり足であり、そして武器である。
 Trickstarの衣装に装飾ボタンをつけながら、小さな声で歌をうたう。演じることも、歌うことも嫌いじゃない。……むしろ、好きだったから演劇科に入ったのだ。ヒロインを演じたのも、彼女のようになりたいと思っていた私にとってはこの上ない喜びだった。

「なまえ?」
「っ!」

 カラリ。鍵をかけていない扉が開く。赤い双眸と目があって、自然に彼の名前をつぶやくとへにゃりと笑う。

「ごきげんだねぇ」
「えっ、聞こえてた?」
「聞こえてたというか……。なまえを探してて、なんか歌ってる声聞こえるなぁと思って、ちょっと聴いてた」 
「うそ、やだ、忘れて」
「えー」

 凛月くんは、いじわるだ。私の前にしゃがんでにっこり笑うその様子が、性格を物語っている。

「……ところで、なんで私を探してたの?」
「あ、そうそう。ね、膝、貸してくれない?」

 私の返事を待つより先に、凛月くんは膝の上に広がる布を退かして頭を乗せた。体を私の方に向かせて、気持ち良さそうに目を閉じる。血をあげるためにいつも首筋をさらしておいて今更何をと言われるかもしれないけど、すごく恥ずかしい。

「ね、恥ずかしいからやだ」
「今日、やだやだ言ってばっかりだね」
「うう……」
「なまえが恥ずかしがってるの、俺好きだなぁ。演じてないって分かるから」
「え、」

 ああ、そっか、バレてたんだ。やっぱり役者は向いてないのかな。辞めて、良かったのかも。

「でもなまえ、うまいからさぁ……。俺じゃ、なきゃ、」

 ふとももに、じわじわと体温が伝わってくる。相当眠いのか声が小さくなっていって、どうやらもうしゃべるのも億劫らしい。形のいい頭に手を当てて、さらさらの髪をすく。もっと撫でて、というかのように擦り寄ってくるのが、なんだかとてもかわいかった。
 小さく息を吸って、さっきまで歌っていたフレーズを口ずさむ。子守唄ではない、これは、離れ離れになったある2人の歌。英語で歌えば、凛月くんはきっと分からないよね。規則正しい寝息に誘われて、気づいたら私も意識を手放していた。

★戻る
HOME>TEXT(etc)>舞台女優は踊らない>錆びついたスポットライト
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -