★至極単純で、理解できない

「なまえ、おい〜っす」
「……ええ」

 昨日は目が覚めたら保健室にいて、ベッドの傍らに居たのは衣更くんだった。とりあえず朔間くんは追い払ったと言われ、なぜか衣更くんが誠心誠意謝ってくれて。衣更くんの話を聞きながら、私は「はあ」としか言えなかった。
 プロデュース科へ異動するとなったときに、ある程度アイドル科に在籍している生徒のことは聞いていた。朔間くんは、兄弟ともに自称吸血鬼、らしい。実際にどうなのかは分からないけど。「凛月には俺が言っとくから」衣更くんはそう言って、生徒会室のほうへ消えていった。

 昨日の今日で、どうしてこうも普通の対応なんだろうか。タイミング悪く席を外している衣更くんを恨めしく思うけれど、彼は忙しい人だ。仕方ない。
 お昼休みになってようやく教室に現れた彼は真っ先に私に声をかけた。周りがざわつくのは当然。なぜなら、ここに来てからの半月、一度も朔間くんと話をしたことがないから。

「ちょっと来て?」
「う、うん」

 有無を言わさぬ問いだった。朔間くんも、私が断るはずがないと分かってるんだ。昨日どうして襲われたのか、気にならないはずがないんだもの。


* * *


「昨日のこと、怒ってる?」

 あろうことか、昨日襲われた場所。正座をして朔間くんに向かい合うと、質問のあと眠いのかあくびをされた。なんていうか、気が抜ける。

「……急におそわれて、恐かったし、よく分かんなかったし、今でもよく分かってないけど」
「ん」
「怒っては、いないかなぁ」

 なぜ? と、そんな陳腐な理由しか出てこない。普通なら、怒るべきなんだろうか。……多分そうなんだろうな。証拠に、眠そうだった朔間くんの目が、驚きで一瞬見開かれた。

「あんた、変な子だねえ」
「たまに言われるよ」

 その返事に、くすくす笑われる。私なんかより変な人、ここにはいっぱいいると思うけれど。

「ねえ、あんたが変な子ってことでお願いがあるんだけど」
「?」

 頼みがあるんだけどいいかな?
 ちょっと、お願いなんだけど
 この仕事はなまえが適任だよね

 心の中がざわざわする。昔からよく、頼まれごとをされる質だった。それは私が持ち合わせた技術もあるだろうけど、一番の理由は性格ゆえに、だ。

「昨日も、今もそう。あんたからずうっとおいしそうな匂いがするんだよねえ。俺になまえの血をちょうだい?」

 吸血鬼だなんて、そういうコンセプトなんだと思っていた。もちろん、それは昨日までの話だけど。貧血で倒れるくらいまで血を吸われたら、そうなのかな、と思ってしまう。

「……良いよ」

 朔間くんの目は、もう驚きで見開かれることはない。すごく嬉しそうに瞳を三日月に歪めて、私に向かって手を伸ばすのだった。

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