★土と草と、鉄の匂い

 大好きな裁縫をして、きらきらした音楽を聴いて、温かい日差しをあびて、そうしたら眠りについていた。すごくいい気分で夢の世界に居座っていたのに、現実に引き戻されたのは鈍い痛みのせい。

「えっ、と……朔間、くん?」
「……」

 そよぐ風に、土と草の香りが運ばれてくる。寝起きの頭では、どうして朔間くんに押し倒されているのかさっぱり分からなかった。声をかけてみても、視線が交わることすらない。怖くはないけれど、とにかく、疑問ばかりが浮かんでくる。

「……あんた、いい匂いがする」
「へ、」
「おいしそう」

 へら、と笑う朔間くんの目は、どこかうつろな、ぼーっとしているような気がした。

 いい匂い?
 おいしそう?

 まるで捕食者のようなセリフ。とりあえずかける言葉があるはずなのに、喉が乾いて音にならない。手首にかかる重さが増すと、次に感じたのは柔らかい髪の感触。ふわふわと、朔間くんを見上げていたはずの視界の下。生ぬるい温度にようやく頭が冷えたけれど、そんなの手遅れでしかなかった。

「いっ……!」

 がぶり。そんな音が聞こえた気がした。首筋から広がる、熱と、痛み。恐怖と、不安。皮膚を貫かれる感覚なんて、当たり前だけど初めてだった。

「痛い、やっ、なに……!?」
「……うるさい夢」
「夢じゃなっ、いっ、いやっ、やだ!」

 足をばたつかせても、泣いても、わめいても離れなかった朔間くんがようやく首筋から距離を置く。やっと視線が交わると、その後に気づくのは彼の口元。彩っているのは、正真正銘血液の赤。なにか言わなきゃ。そう思うけれど、だんだん意識が遠のいてく。じくじくと痛む傷口が、ゆるやかに熱を自覚させる。

「……あー、もしかして現実?」

 少しバツの悪そうな顔。それを最後に、私の視界は真っ暗になる。イヤホンから漏れる重々しい音楽だけが、薄れる記憶の中ではっきりと聴こえていた。

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