★幸せを夢見ていた頃

 主に外交の話があって訪ねたのだけれど、結局私は遊びに来ているようなものだった。目の前の人物が作ったマフィンを食べて、彼の入れたメイプルシロップ入りのコーヒーを飲む。主張しすぎないこの味が、まるで彼の性格を表しているみたい。私の大好きな味だった。

「フランシスさんは来なかったんだ?」
「あら、私じゃなくてあっちが良かった?」
「一緒じゃないんだね、って話」

 いつもマシューと一緒にいる白クマのぬいぐるみは、やっぱり彼の膝の上にいる。彼は子ども扱いをされることが嫌いだと言っていたけれど、こういうところに保護欲を唆られてしまうということを理解しなくちゃ一生どうにもならない問題である。私としては、かわいいかわいいマシューでいてほしいからそのままでいいのだけど。

「最近何かあった?」
「うーん。あ、この前キューバに遊びに行ったよ」
「ちょっと前にも行ってなかった? 前より活動的になったのね」
「なまえさんも、フランスにばっかりいないで外に出ればいいのに」

 マシューのことは、私やフランシスが育てたわけではない。私たちの影響は確実に受けているけれど、実際に育てたのはあの眉毛だし私たちは手を引かざるを得なかった。それでも幼少から彼のことを知っているからやはり気にかけてしまうし、なんだかんだで仲良くやっている。……と私は思っている。過保護と言われたら、私は否定し切れない。

「何よ、最近ドイツに行ったじゃない」
「会議でしょ? フランシスさんと旅行でもいけばいいじゃない」
「あれと一緒に行ったところで、ナンパするところを見るのがオチよ」
「あぁ……」

 視線を泳がせたマシューを見て思わず笑ってしまった。フランシスのことを一番知っているのは私だと思うけれど、マシューは私の次くらいにあの愛の化身のことをよく理解している。この子は純粋だから周りに影響されやすいけれど、フランシスの性格に影響を受けなくて良かったと思う。もちろんフランス人のような性格になるなら文句はないけど、フランシスの性格にはいささか問題点が多いから。マシューが彼のように軟派な性格だったら、私もここまで過保護ではなかっただろう。こんなに女性に慣れていなくて純真な人は、私の周りをいくら探してもこの子しか見当たらない。

「じゃあフランシスさんはいないけど、僕とカナダ観光でもする?」
「うーん、雪降ってるし……」

 なら尚更、とマシューは私に外に出るように言う。どうやら私にはフランスより外に出ないイメージが強く根付いているらしい。吹雪ではなく、はらはらと舞うように降るその光景は神秘的で、思わず感嘆のため息すら付いてしまう。この家のイルミネーションや向かいの家のそれも、白い雪に反射して様々な色が幻想的な空間を作り出していた。自然と人が融合して作る芸術はとても素敵で心躍るけれど、あいにく私は寒さをしのげるような格好をしていない。雪が降っているし外に行こうだなんて子ども扱いされている気がしたけれど、私の返事を待つマシューは楽しそうだった。フランシスとよく似た金色の髪が、肩の上で揺れている。

「……分かったわ。その代わり、ご飯のおいしいところに連れて行ってね」
「もちろん! ちょっと待っててね」

 パタパタと小走りでマシューが部屋を去る。ひとりポツンと取り残されて、窓に手を当てると思ったよりひんやりしていて手のひらに水滴が付いた。フランスではあまり見ることのない白銀の景色に、なんだか童心がくすぐられる。もともと着てきたコートに腕を通して、部屋に白クマのぬいぐるみだけを残して家を出た。
 庭を覆う白を手のひらに取ると、結晶の形を確認する前に私の体温で溶けてしまった。ここを訪れた時はまだ日の光が差していたのに、もう辺りは暗くなっていて街灯とイルミネーションの小さい明かりだけ。いくらタイツを履いていても足に当たる風が体温を奪っていく。何度か雪をすくっては溶けて、を繰り返していると後ろからバンッと扉を開ける音が聞こえた。もちろん立っているのはマシューで、大股で私に近づいてくる。

「なまえさん、待っててって言ったのに!」
「ごめんなさい、自分が思ったより興奮してたみたい」
「手袋とか持ってくるまで我慢してほしかったな」

 少し怒った声色で私にそういって、手袋は渡されマフラーは彼が巻いてくれた。真っ白のミトン型の手袋は、もしかしてマシューの私物なのかしら。彼は嫌がるだろうけどかわいいと思ってしまい、声を出さずに笑っているとマシューが訝しげに私を見た。私に耳あてをつける彼は、きっと子供の面倒でも見ているつもりだろう。

「霜焼けになったらどうするの? 僕がフランシスさんに怒られちゃうよ」
「ふふ、ごめんなさい」
「反省していないでしょ」
「ええ、そうね」

 マシューだってもう立派な国なのだし、ましてや直接育てたわけでもないフランシスのことなんて気にする必要は全然ないのに。同じ顔をしていてもアルフレッドとはこうも違うものかと感心する。

「僕がフランシスさんやなまえさんに育てられてたら、きっとなまえさんは今よりもっと過保護だね」
「否定はしないわ」

 国として独り立ちしたのだから、と彼の自主性を重んじているように見せているだけ。ことあるごとに彼を訪れて、保護者のふりをする自分をくだらないとすら思う。私は首都であって国ではない。この子の価値観や悩みを何もかも理解することはできないからこそ、近くに置いておきたいという私のエゴ。

「あなたは昔からさびしがり屋だから、ね?」
「そうね」
「なんでそう思ってるのか僕には分からないけど、フランシスさんはちゃんとなまえさんのこと見てるよ」

 そう、いつだって私がマシューのもとを訪れるのは寂しさを感じた時。国ではないという中途半端な立ち位置が、時折どうしようもない不安になって襲いかかる。誰かに必要とされていなければ生きていけない。その誰かが、あの人であったらどんなに良いか。私が過剰に世話を焼くこの子の髪は、私が愛している人を連想させる材料にしかならないのだった。

「フランシスさんが必要だと思うからなまえさんがいるんでしょ?」
「最初はね。今となっては、私が居ても居なくても変わらないわ」
「そんなことないよ!」
「大丈夫よ。あの人じゃなくても、私を大切にしてくれる人はたくさんいるから」

 国民に愛されてる自覚はある。ギルやアントン、それにマシューに大切にされてる自覚もある。だけどね、女ってわがままな生き物なのよ。たったひとり好きな人に、1番に必要としてもらえるなら、それだけで良いんじゃないかって思ってしまうのもまた本音。やっぱりまだまだ女心には疎いのね。

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