★菅原と名前のはなし

 澤村大地
 菅原孝支
 東峰旭

 うーん、なんてすばらしい名前だろう。

 マネージャーでもなんでもない私が、休日にバレー部の活動を見守っているのは友達である潔子のため。おい君ら、私が買ってきたアイスはあくまでも潔子のためだからね。せっかく来たんだから練習風景でも見ていけば? という潔子のありがたいお言葉に甘えてこうして邪魔にならないよう隅っこで見学していた。あの坂を登ってきて、用事が済んだからさようなら、なんて爽やかに帰るなんて無理に決まってる。
 練習の様子を眺めながら、部員の名前を思い出す。潔子との会話で聞いているけど、3年生以外は曖昧だ。なので確実に思い出せる3人の名前を頭のなかに羅列して、ある共通点を発見した。おお、なんだこの人達。すごいじゃないか。ひとり勝手に楽しくなって、鼻歌なんて歌う始末。バレー部の掛け声やらなんやらでかき消されてるからいいけど、傍から見れば相当な変な人だ。



「みょうじ」
「あ、菅原くん。お疲れさまー」

 休憩時間になり、菅原くんがスポーツドリンクを片手に私の隣りに座る。私は自販機で買ってきたミルクティーを飲みながら、彼の額から頬を伝う汗を眺めた。ははあ、これくらいおもいっきり汗かいたら、逆に気分爽快だよなあなんて考えながら。

「あ、もしかして汗臭い!?」
「ううん、へいき」

 Tシャツのそでを鼻に近づけてにおいをくんくん嗅ぐ菅原くんに、思わず笑う。なにをしても爽やかで、さっき私が買ってきたアイスをお礼も言わずに食べていた名前も知らない後輩たちに爪の垢を煎じて飲ませてやろうか。

「なんか良いことあった?」
「へ、」
「さっき笑ってたべ?」

 あ、もしかして見られてた? というか、鼻歌を歌っていたのは自覚があったけど、もしかしなくてもにやけてたのか。なんだか途端に恥ずかしくなって、耳が熱い。

「ああー、いや、大したことじゃないんだけど」
「???」
「菅原くん、君のお名前は?」

 急な私の切り返しに、菅原くんは頭上にクエスチョンマークを浮かべる。そして、わけが分からないといった顔のまま、自分の名前を言う。

「こうし、」
「それ。名前の最後が『い』の形で終わるとね、笑ってるみたいに見えるんだよ」

 さわむらだいち。あずまねあさひ。
 私がそのふたりの名前も挙げて、ね? と言うと彼はようやく納得いったみたいだ。声には出さずに、自分の口を「い」の形にしてる菅原くんはちょっとマヌケな顔。きっといま、彼の頭のなかには後輩たちの名前が羅列されてるんだろう。

「ま、菅原くんはそんなのなくてもいつも笑ってるよね」
「そう?」
「うん、楽しそう。なんだか元気になれる」

 ミルクティーのボトルをハンカチで拭いてかばんにしまう。立ち上がってホコリを払うと、よっこいしょ、なんて言いながら菅原くんも立ち上がり背伸びをした。

「帰んの? 最後まで見てけばいいのに」
「潔子には悪いけど、暑いから帰りまーす」

 居ても何も手伝えないし、邪魔になるだけ。私の仕事はアイスを届けた時点で完遂してるんだから。潔子に一声かけてから、と思って一歩踏み出すと菅原くんが私の名字を呼ぶ。

「なら今度は、涼しい時に来なよ」

 ……もしかして、私がわくわくしながら練習風景を見てたこと、気づいてる? おあああ、恥ずかしい。その上鼻歌まで歌いにやけながら見てたなんて、完全に変な人じゃないか。大体なんで菅原くん、見てるの。まじめに部活やってください。

「……アイスじゃない差し入れ、考えておくね」

 今度こそ潔子のほうに向かって歩き出す私に、菅原くんは「い」の口の形でそりゃあもう自然に笑っていた。

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