★櫻井と大晦日

「え、櫻井先輩今日お仕事なんですか?」
「うん、そう。年越しパーティーには間に合うと思うって言ってたけど……」
「忙しいんですね」

 蛍くんとパーティー用の買い出しをしていた時だった。寮棟問わずの今日の年越しパーティーはほぼ全員参加で、居ないのは帰省している人くらい。ほとんどの人が昨日仕事納めをしている中、櫻井先輩はお昼すぎに仕事に行ったらしい。なるほど、だから作業分担のときに居なかったのか。

「みょうじさんは料理も手伝うんだっけ」
「はい。新多と荒木先生がいるので本当にお手伝いって感じですけど」
「おそば楽しみだなぁ」

 なんの収録なんだろう。おそばを出す時間には間に合うのかな。そんなことを考えながら、橘くんが食べ切れないくらいの大量のお菓子を買い込むミッションを果たすのだった。


* * *


「あ、櫻井先輩! お疲れさまです」
「お疲れ〜。俺もうクタクタだよ……」

 時間はもう21時を回っていた。アウターを着たまま談話室まで上がってきて、お土産と言ってコンビニのレジ袋をテーブルに置く。それに1番早く反応したのはもちろん橘くんだった。

「遅かったですね」
「機材トラブルがあってね。それで、遅くなったし晩ごはんもごちそうしてもらったってわけ」
「なるほど」
「せんぱーーーーい! これ食べてもいい? 良いよね? 食べまーーーす!」
「聞いた意味ないじゃん」

 袋をあさりながら、橘くんは櫻井先輩のほうを見ずに言う。おそばを5人前食べてその後もお菓子を食べ続けて、それでもまだ入るその胃袋が信じられなかった。

「あ、それならおそばはいらないですよね。もし良かったら明日食べてください」
「うーん……。せっかくだしもらおうかな」
「え? あ、はい。待っててください」

 こんな時間に櫻井先輩がご飯を食べるなんて、1年の終わりには珍しいことがあるものだ。



 小野屋くんからもらったおそばはとてもおいしかった。先輩のためにとっておいた1人前のおそばをとり、お鍋にお水を張る。

「……1人前も食べるかなぁ」

 晩ごはんは食べたみたいだし、食べるか分からないけど天ぷらもある。半人前で良いかもしれない。……先輩に聞いてみよう。そう思ってスマホに手を伸ばし、メッセージアプリを開いて先輩の名前を探す。

「えっと……」
「なにしてるの?」
「わあ!」

 お鍋が手からすり抜けて、シンクに落下し大きな音をたてる。声の方に振り返ると、向こうも驚いたのか櫻井先輩が目を見開いて私を見下ろしていた。

「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「こちらこそすいません! ちょうど連絡しようとしていたのでびっくりしちゃって……」
「連絡って、俺に?」
「はい。おそばなんですけど、半人前にしますか?」

 でも、先輩って結構食べるんだよね。男の子ってみんなそうなのかな。先輩は視線をずらして考える素振りを見せ、すぐに笑顔を浮かべる。……あれ?

「1人前で良いんだけど、その前に」
「わっ」

 私に倒れ込むかのように、先輩に抱きしめられた。いつも先輩からする甘い香りは全然しなくて、ちょっとだけ、澄んだ空気みたいな香りがした。先輩が私の肩に頭を預けているから、サラサラの髪が頬に触れてくすぐったい。猫がじゃれついてきてるみたいだった。

「先輩、恥ずかしいので離れてください」
「誰も来ないよ。皆テレビに夢中だから」
「来るかもしれないじゃないですか!」
「仕事納めをしてきた俺に癒しをくれないかな〜」
「……それを言うのはずるいです」

 耳元の空気が揺れる。櫻井先輩が笑った気がした。だけどそれ以上何も言わず、おでこを肩にぐりぐりとするだけ。私から抱きつくこともできなくて、先輩の後頭部に手を回す。

「先輩の髪がぼさぼさなんて珍しいですね」
「んー……そう?」
「もしかして、急いで帰ってきてくれたんですか?」
「そりゃあ、なまえちゃんに早く会いたかったからね」

 お疲れさまですという気持ちを込めて、そのままゆるゆると頭を撫でる。いつもの軽い発言に聞こえるけど、きっと年越しパーティーを楽しみにしてくれてたんだろう。急いで帰ってきたのも、差し入れを買ってきてくれたのもその証拠。なんだかんだでお友達が大好きな人だって、よく知ってる。

「大晦日に大変でしたね」
「なーんか、子ども扱いされてる?」
「あはは、バレました?」
「頭を撫でられるのは悪い気しないけど……」

 先輩が頭をあげる。その表情は口元が緩んでいるのに、視線では居心地の悪さを訴えていた。なんて器用な表情をするんだろう。どうしたんですか? 私がそう聞く前に、先輩が一歩距離を詰める。反射的に私も一歩下がったけれど、トン、と腰が流しの縁にぶつかった。

「子ども扱いはひどいなぁ」
「んっ」

 ふわりと上を向かされて、先輩の唇が私の下唇を食む。キスというより、なんだか食べられてるみたい。しかもわざと大きくリップノイズをたてるから、恥ずかしさが助長される。空いている手であごをくすぐるその仕草が、まるで猫で遊んでいるみたいだった。さっきまで、私が先輩を猫みたいだと思っていたのに。

「んん、はっ、」
「かーわいい」

 そろそろ恥ずかしさがピークに達しそうだった。先輩の腕を掴んで袖を引けば、最後に唇を押し付けて離れていく。息が切れるようなキスではなかったのに、顔に熱が集まっているのは完全に弄ばれたせいだった。

「子どもじゃないって分かってくれた?」
「十分伝わりました……!」
「はい、良い子」

 今度は先輩が私の頭を撫でる。なんだかまだ猫扱いされてる気がするけど、心地よくて抵抗できない。いつの間にこんなに絆されてしまったんだろう。

「うん、おそばもらおうかな」
「……あはは、そうですね。準備するので待っててください」
「手伝うよ」

 先輩が寮に来て出迎えたとき、なんだか家族みたいなやり取りをしてしまってちょっと恥ずかしかった。緊張してたんだけど、多分、それはバレてないと思う。お鍋に水を張る先輩が隣に立ってるのが、そわそわするけど嬉しかった。

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