★オンエアSS

同一特待生だったりそうじゃなかったり。
▼名前を呼んでほしい青柳先輩
▼ドラマCDネタの椿くん
▼特待生と付き合ってる櫻井
▼コーヒー中毒特待生と森重

名前を呼んでほしい青柳先輩


「特待生! もう一度俺の名前を呼んでくれ!」
「いや、先輩の名前を呼んだことなんてありませんけど……」
「何を言う。これが証拠だ」

 そう言って先輩が見せたスマホの画面には、私が声を当てたキャラクターが登場するスマホアプリ。なるほど、そういうことか。

「その子は先輩ではなく泣き虫でネガティブな弟キャラです」
「だがしかし帝という名前に違いはないだろう」
『もう、帝ったら泣かないの!』
「本人の前でボイスを再生しないでください!」
『もう、帝ったら』
「聞いてますか!?」

 立派な名前がコンプレックスな弟キャラ。そしてその姉が、私が担当するキャラクターだった。私も収録のときに先輩と同じ名前だなぁなんて思ったけど、青柳先輩と一致するポイントはひとつもない。強いて言うなら性別くらいだろう。

「特待生が出ていると知ってインストールしたんだぞ」
「あ、ありがとうございます」
「その礼として」
「先輩だけ特別扱いはできません」
「この間練習を見てやった優しい先輩はだれだったかなー?」
「一色先輩のことですか?」
「先週の金曜日の話だぞ!? 俺が寮まで送っていったのを忘れたのか?」
「うっ……」

 練習を見てもらった挙げ句寮まで送ってくれたことを出されると何も言えない。青柳先輩がタダで何かをしてるれるなんてそういえばあり得ない話だった。

「分かりました」
「よし! ならば『帝、起きて! 早く起きないと遅刻するわよ?』で頼む」
「なんでその弟キャラが低血圧で毎朝私のキャラが起こしてることまで把握してるんですか……」

 まさか細かいセリフの注文まで入るなんて。キャラを理解してくれていることは嬉しいけどそれと同じくらい恥ずかしい。ええい、女は度胸! 早く言って終わらせよう。

「行きます! 『……帝、起きて! 早く起きないと遅刻するわよ?』 はい! これで」

 ピロン

 セリフを言い終えた途端聞こえた電子音。目の前にはかなり満足げな表情でスマホを持つ青柳先輩。

「……ろ、録音したんですか!?」
「あったり前じゃないか!」
「消してください! 非公式です!」
「安心しろ。いくら俺でも非公式ボイスをばらまいたりしない。せいぜい俺の目覚ましに使われるくらいだ」
「絶対嫌ですーーー!」



ドラマCDネタの椿くん


「雅野くんはどういう映画を見るんですか?」
「はあ? 何急に」
「この間のデート男子のインタビュー記事を見てから気になっていまして」
「ああ……あの記事ね」

 何やら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。そんな表情でも絵になってしまうなんて、さすがとしか言いようがない。姫と呼ばれても文句は言えない。言ったら信じられないくらい罵倒されるから私は絶対に言えないけれど。心の中でくらいしか言えない。

「最近見たのは歴史物かな。ほらあれ、この間やってた神聖ローマ帝国のやつ」
「荒木先生が吹き替えしてたやつですよね!」
「そう」

 スクリーンの明かりに照らされる雅野くん、大層美しいだろうなぁ。

「あのインタビュー、ミカのせいでひどい目に遭ったからね……。ミカが居るのに何も疑わなかった俺も失態だったけど」
「あはは、雅野くんの彼女役かわいかったですよ」
「…………はぁ? ちょっと待って。なんで特待生がそれを知ってるの」

 姫の表情が一変。眉間にとてもとても深いシワが刻まれている。

「青柳先輩から音声データをもらいまして……」
「あ、あいつ!」

 と思えば今度は赤い顔。こうやって表情がよく変わるのが最初は意外と思ったけど、今ではこれこそ雅野くんだと思う。

「最悪、なんでよりによって特待生に……」
「す、すいません」
「…………じゃあ言わせてもらうけど。明日のレッスン、嘘だから」
「へ、」
「お前が行くのは映画館、もちろん俺とふたりで。音声データ聞いたなら、意味分かるよね?」

 今度は私が顔を赤くする番だった。


特待生と付き合ってる櫻井


「なまえちゃん、居るー?」

 間違えて持って帰っちゃった彼女の台本をそのままにするわけにもいかなくて、届けに来たけど返事はない。外から見る限り部屋の電気は付いてたんだけどなぁ。届けに行くっていうメッセージに既読はまだ付かないけど、このままっていうのも困るだろうし。

「ん?」

 スマホからのバイブ音。「すこしまつててください!!、!」と明らかに慌てて打った文面に笑っちゃった。良かった、体調不良で倒れてたとかではないみたい。



「すいません、お待たせしました!」
「ううん、大丈……」

 いつもとは違う香り、ラフなTシャツ、部屋着だろうショートパンツ、濡れた髪、首にはタオルがかかってる。こんな格好で来客を出迎えるなんて、警戒心がなさすぎる。俺だから良かったとも言えるし、俺だからやめたほうがいいとも言える。

「櫻井先輩?」
「あ、あー……これ、台本。ごめんね、持っていっちゃって」

 なまえちゃんのほうを見ないで台本を渡す。珍しく俺の理性が働いていた。

「ありがとうございます。助かりました!」
「良いよ、気にしないで」
「あ、先輩。コーヒー飲んでいきませんか? おいしいの落としておいたんです!」
「あはは……」

 ほんと、不安になるくらい純粋な子。いくら付き合ってるって言ったって軽々しく部屋に招き入れるのはどうなんだろ。

「座っててください。今準備するので」
「いや、いいよ」

 なまえちゃんの手をとって隣に座らせる。キョトンとして、澄み切った瞳で見上げられるのは悪くない。そのまま勢いよくソファに押し倒せば、お風呂上がりで少し赤くなっていた顔が別の意味で真っ赤になった。やっぱり、俺だからやめといたほうが良かったかもね。

「好きな子のお風呂上がりで無防備な姿見せられて、興奮しない男がいると思う?」
「な、ななっ」
「前から言ってるけど無防備すぎるよ」

 腕を頭の上で固定すればなまえちゃんはいとも容易く動きを封じられる。露わになった二の腕の内側にキスをすると、俺の下から可愛らしい声が聞こえてきた。日焼けすることのないそこは真っ白で、お風呂上がりの香りと相まってめまいがしそうだった。

「先輩っ!」
「んー?」
「離れてっ、ん、ふっ……」

 二の腕にキスしてるだけなのにこんな声出すなんて、かわいいにも程がある。純情すぎてむしろかわいそうにすら思えてきた。まあ、それに興奮してるのも事実なんだけど。でもまあこれはお仕置きだから。真っ赤な顔で必死に声をこらえてる様子にゾクゾクするのは、君のせいだよ。

「せ、せんぱい、ほんと、だめですって……!」
「なにが?」
「となりの、へや、せんせいいるから……」
「……へぇ」

 なまえちゃんの隣は荒木先生の部屋。俺だってそんなこと分かってるよ。足をジタバタさせて抵抗して、涙目で、少し舌足らずな声でだめなんて言っちゃって、これが考え無しの行動だから恐ろしい。

「なまえちゃん、何されると思ったの?」
「へ、」
「静かにできないようなことされるの、想像しちゃった?」
「ーーーーっ!!!」
「かわいいなぁ、もう」

 押し倒していた背をあげさせて、ずれたTシャツを直す。ほっぺにキスをするとそれにもちょっと反応されるものだから俺もそろそろ限界だった。耳元に唇を寄せて、俺が今まで演じてきた中で最大限の色気を含んだ声を用意する。

「次は本当に襲っちゃうかもしれないから、覚悟してね」

 なまえちゃんが俺の低い声が好きなことくらい知ってるよ。これ以上ないくらい真っ赤な顔で硬直してる彼女のまだ濡れている髪を撫でて、部屋を後にする。余裕のある先輩を演じるのって、結構大変かも。思わず階段に座り込んでしまった。

「うわっ百瀬。C棟で何してるんだ?」
「ちっひー……俺を褒めて……」
「?」


コーヒー中毒特待生と森重


「こら、もう消灯前だよ。まだコーヒー飲むの?」
「ああっ!!」

 900mlのペットボトルからマグカップに移し替えようとしたときだった。後ろから聞こえたそれを嗜める声と、回収されていくブラックコーヒー。首だけで後ろを向けば、呆れた顔の優那先輩がそこにいた。

「大丈夫です、私コーヒー飲んでも眠くならないんですよ」
「悪いけど心配してるのそのレベルの話じゃないからね」

 消灯前と言ったってあと1時間もあるのに。マグカップにまだ残っていたコーヒーを飲むと、優那先輩は今度苦笑いをした。隣の椅子に座り、私から奪ったペットボトルを机に戻す。その隣には、空になったペットボトルが2つ。これさえ早く捨てていれば怒られなかっただろうか。

「カフェイン取りすぎて死んだって話最近よく聞くでしょ」
「私は死にません!」
「あはは、一昔前のドラマみたい」

 カフェイン中毒の自覚はある。だけど考え事をしているとどうしてもコーヒーが飲みたくなってしまう。コーヒーへの愛情を視線に込めて送ると、優那先輩がため息をつく。

「……悪い子だね」
「え、」

 マグカップを持っている手に、優那先輩の指が触れる。反対の手は私の椅子の背に回されて、じわじわ距離が詰められる。

「え、え、ちょっと、先輩、」

 慌てる私に構いもせず、先輩は真剣な表情のまま。パニックになって目を閉じると、左手にあったマグカップの取っ手の感覚がなくなった。

「え?」

 あと一口分残っていたコーヒーは、先輩に奪われた。メガネの奥の瞳が意地悪く弧を描く。

「ごちそうさま、これは没収ね」
「ええっ!」
「ほら、荷物まとめて。そろそろ部屋戻ろう?」
「……明日返してくださいね」
「はいはい」


(優那先輩に「悪い子だね」ってセリフ言わせたかっただけ)


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