★ダメ人間製造機

「凛月くん、首痛くならない? タオルあるから良かったら使って」

「凛月くんおはよう。はい、炭酸ジュース」

「はい、さっきの授業のノート。分かんないところあったら言ってね?」

「夕方になったら声かけるから、それまでゆっくりしてていいよ」





「…………なまえ! お前は凛月を甘やかしすぎだ!」
「あう……」

 そうやって衣更くんに怒られたのが昨日。凛月くんにパンをちぎって餌付けのように与えている真っ最中だった。私としては凛月くんが喜んでくれるならなんでもしてあげたい、というのが正直な気持ちなんだけど。幼馴染の衣更くんとしてはもう少し自立してほしいらしい。
 甘やかすな、と言われたわけではない。だけど少し接し方は変えたほうがいいのかなぁ、なんて考えてみたり。Knightsは放任主義だからレッスンに出ろとは言えないし、たとえば自力で起きる努力をしてもらうとか、もう少し授業に出てもらうとか?

「うーーーーん」
「あらあら、難しい顔しちゃって。かわいいお顔が台無しよ?」
「! お姉ちゃん」

 衣装のラフに色を置きながら昨日のことを思い出す。すると、上から降ってきたのはクラスでもレッスンルームでも聞き慣れた声。首を真上に上げると、お姉ちゃんがニッコリと笑っていた。

「……お姉ちゃん、今お時間ある?」
「ええ、今日は部活もレッスンもないもの」
「じゃあ、ちょっとお話聞いてもらってもいいかな」
「もちろんよぉ」
「じゃあお礼に、好きなパフェ頼んでいいよ」

 にこりと笑って、私の前の席に座る。ただ座るだけのその動作が、なぜかとても優雅に見えるのはやっぱりお姉ちゃんだからなのか。

「女の子におごってもらうなんてかっこつかないじゃない。あたしはかわいい妹のお悩みを聞いてあげるだけよ」
「気にしなくていいのに」
「で、悩んでるのは真緒ちゃんが言ってたことかしらァ?」

 さすがお姉ちゃん、話が早い。凛月くんとは出会った頃からそんな関係で、甘やかすなと言われたらどう接していいのか分からない。だけど凛月くんのためを思うなら、やっぱり変わらなくちゃえないのかな、とか。

「やっぱり、甘やかしてる、ってなるのかなぁ」
「まぁ、そうねェ。というか、やっぱり凛月ちゃんとなまえちゃんは付き合ってるの?」
「……う、うん」

 改めて人から言われると、なんともむずがゆい気持ちになる。

「なまえちゃん、凛月ちゃんのこと大好きだもんねェ」
「……」

 大好き、……うん、それはもちろん、そうなんだけど。きっと私が凛月くんに向けている気持ちは、そんな言葉では表せない。凛月くんのためならなんでもしたい。楽しさとか、幸福感とか、凛月くんにそういうものを与えていたい。かつて私が与えてもらえなかったそういう幸福を、凛月くんが受け止めきれないくらい。そういった幸せを、私に最初にくれたのは凛月くんだから。

「んふふ、いい笑顔」
「えっ?」
「ナッちゃんやめてくれる〜? なまえのこと籠絡しようとするの」
「あらやだ、人聞き悪いわねェ」

 後ろから聞こえてくる愛しい声。反射的に振り返ると、日が出ている時間にしては珍しく意識をはっきり持った凛月くんがそこにいた。どうしてここに、と思ったけれど彼から香るダージリンの匂いに納得する。

「部活行ってたの?」
「そ。なまえは?」
「私?」
「うん。ナッちゃんと楽しそうに何話してたの?」

 話、話、はなし。きっと10分にも満たない時間。衣更くんに言われたことを思い出して、お姉ちゃんに凛月くんが好きなのか聞かれて、それから。

「あ…………」

 ぶわ、と顔に熱が集まる。火照った頬に手を添えてみても、すでにその手すら汗で湿っていて。目の前でにまにま笑っているお姉ちゃんは、たちが悪いと思う。

 ーーいい笑顔。

 そう言われるまで、ずっと凛月くんのことを考えていた。きっとそれは昨日、衣更くんに言われるよりずっと前から。私の思考の中で、彼は当たり前のように居座っている。いったいどんな締まりのない顔をしていたんだろう。なんの話をしてたなんて、恥ずかしくて言えやしない。

「なまえちゃん。どうしてもお礼がしたいなら、今度のろけ話でも聞かせてちょうだい」
「え、あ、」
「じゃあねェ〜〜」

 Knightsの女神は、無慈悲にもこの場を去っていく。残された私はお姉ちゃんの背中を掴めるはずもない手が空をさまよって、日の下に現れた吸血鬼に絡め取られてしまう。
 私の隣に座る吸血鬼は、意地悪が得意なのだ。それも、とびきり甘いしびれをもたらす意地悪が。彼のスラックスと私の太ももがぴったりとくっつく距離。手指のしわを合わせるようにぎゅうっと握られ、手汗のことなんて気にならないくらい混乱する。だって、凛月くんは、きっと分かっているもの。

「なまえ、俺には言えないこと?」
「そ、そうじゃなくてっ! あの、えーっと、」

 視線を右往左往させてみても、引いてくれる気はないらしい。繋いだ手の力が強くなる。逃げられないということをじわじわと自覚させる。吸血鬼なのに、その様はまるで蛇のようだった。
 最後のひと押しで、甘さをふんだんに含んだ声で名前を呼ばれてしまっては、彼に甘い私が意地を張り続けられるはずもなくて。

「……凛月くんの話」
「ふぅん……? どんな話、って聞きたいけど、これ以上聞いたらなまえ、倒れちゃいそうだねぇ」

 握られた手が、凛月くんの方へ導かれる。真っ赤な舌が、歯列から覗く。魔力にやられた生贄みたいにぼうっと眺めていると、れろ、とそれが私の中指を這った。

「ーーっ!」

 一気に我に返り、言葉にならない悲鳴をあげる。その悲鳴が嫌悪でも拒否でもないのが、愚かな私の責められる点だろう。

「今日は俺、機嫌がいいんだぁ」
「う、うん」
「それでも日の下はつらいし……。ね、なまえの衣装部屋行こっか?」

 ああ、なんて甘美な誘惑だろう。周りがどんなに彼を「自称吸血鬼」だと言っても、私にしてみれば正真正銘の吸血鬼。血をすすり、女を誘惑し、仕掛けた罠に自ら落ちるように仕向けてくるのだから。
 果たして甘やかされているのはのは凛月くんか、私か。そんな陳腐な答えは私の城でも見つからないだろう。

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