繋がる未来へ | ナノ




なんとかなる、そう思って天馬が初めて受けたジュニアサッカーチームの入団テストは、タイムアップという形で不合格となってしまった。入団テストには落ちてしまったが、入団テストを見に来ていた葵に噛み付こうとしていた犬から葵を守れたことのほうが天馬にとっては大切なことのように思えていた。

自分が幼い頃に助けてくれたあの人のサッカーボールで今度は自分が誰かを助けられたんだ、と幼いながらも天馬は少しだけそのことを誇りに思った。それでも入団出来なかったことは確かに残念だと言えば残念なことだったが、自分の実力のことも分かって天馬は少しだけすっきりしていた。

不合格になってしまったけれど、そんなことで不貞腐れるような天馬ではない。今度こそ、絶対に次こそと入団テストに落ちてしまった後も毎日毎日サッカーの練習を続けた。相変わらず天馬のサッカーの相手をしてくれるのは愛犬のサスケだけだったが、それでも天馬はサッカーの練習を毎日続けた。

練習はいつも一人でドリブルをひたすら繰り返すことだった。放課後賑わう学校のグラウンドの片隅で、誰もいない商店街のグラウンドで、河川敷の端っこで。たまにサスケがパス練習の相手をしてくれることもあった。

一人でサッカーをやっていて楽しいかといつも友達に言われていた。その度に天馬は楽しいよと笑顔で返し、一緒にやろうと友達を誘ったものだが、友達たちは誰も天馬の誘いに乗らなかった。

だが入団テストで犬を撃退して以来、たまに葵が天馬の所へやって来るようになった。一人で練習をし続ける天馬をじっと見つめては頑張れと声をあげて応援をする。それに天馬も答えるように練習に励んだ。

いつも自分を見ているだけの葵につまらなくないかと天馬が聞けば、葵はサッカーしてる天馬を見てるだけで楽しいよと笑って返した。


そして今日も天馬はサスケを連れて河川敷の端で一人ドリブルの練習をしていた。今日は葵は来ておらず、河川敷にいるのはサスケと天馬だけだ。サスケは眠いのか、今はベンチの横で気持ちよさそうに眠っている。

河川敷の端にある赤と青の色をしたタイルで舗装された道で、天馬は今日は青色のタイルを選び、そのタイルを踏んでいくようにドリブルを繰り返す。歩幅が合わず、何度も失敗してはスタート地点に戻って同じことを最初からやり直す。

いち、に、いち、に、と声を出し、青のタイルを選んで踏んでゆく。何度も挑戦するうちに進む距離は徐々に伸び始め、本日の練習を始めていくらかたった頃、もう少しでゴールに着く、そんな時だった。

「あ!」

ボールは声をあげた天馬の足元から離れ、近くにあった草木の茂みへと転がっていってしまった。天馬は慌ててボールを追い、草木が覆う茂みへと入ってボールを捜した。誰も出入りしていない茂みは草木が伸び放題で、天馬の身長を優に超えている。

がざがさと音を立て草木を掻き分けながら天馬は道なき道を進んだ。そこから少し奥まった場所へと抜ければ、そこにはイナズママークの書かれた天馬の大切なサッカーボールがぽつんと転がっていた。ボールを手に取り安堵した天馬は、元いた場所へと戻ろうと先程自分が通ったであろう道を手探りしながら辿った。

「あれ?」

ところがおかしなことに、天馬が戻ってきた場所は先程まで天馬がいた場所とは違う場所だった。周りを見渡せば確かに河川敷であるのは変わらないが、風景が違いすぎる。近くにあったはずの整備されたグランドはそこになく、大きな公園がそこにあった。

出る場所を間違えたかと天馬は一瞬考えたが、自分の知っている河川敷と明らかに違う河川敷にどうにも違和感が拭えない。天馬がもう一度茂みに入って元の場所に戻ろうとしようかと考えていると、天馬の足に何かがあたった。

「ごめんなさい、それ俺のです!」

声のした方へと振り向くと、少し距離をあけた所に天馬よりいくらか幼い少年がいた。学年で言えば小学一年生くらいだろうか、大きな茶色の目のオレンジのバンダナをした小さな少年は、大きな声でそう言って天馬に頭を下げた。

天馬は自分の足元にあたったものがサッカーボールだと分かると、少し距離のある少年へと向って声をかけた。

「よーし、それじゃいくよー!」

距離があった為、天馬はボールを蹴って少年にボールを返そうと手をあげて少年に合図を送った。それを聞いた少年はよしきたと言わんばかりに構えを取って笑顔を輝かせた。

ただボールを返すためだけであっても、天馬には誰かとサッカーが出来ることが嬉しくて仕方なかった。その思いが強すぎたのだろうか、それともただ天馬のコントロールが悪かったのだろうか、ボールは少年の正面から大きくはずれて弧を描いた。

しまったと内心天馬が声をあげてボールの行方を追っていると、少年が大きな声をあげてボールを追いかけていた。とても追いつかないだろうと思われたボールだったが、少年はまるでボールに飛び込んでいくようにボールを掴み取った。

天馬には少年の動きがスローモーションのように見えていた。すごい、ただ純粋に天馬はそう思った。

「よーし、取れたー!」

少年の嬉しそうな声に天馬ははっとして、急いで少年がいる場所まで駆け寄った。

「ごめん、大丈夫!?」

地面に座り込みながらボールを抱えている少年の手を取って少年を立たせてやり、天馬は砂埃や泥で汚れてしまった少年の衣服を軽く払う。少年が怪我をしていないのを確認して天馬がほっと息をつくと、少年はこんなの平気と笑ってみせた。

「ねぇ、兄ちゃんもサッカーするの!?」

心配する天馬をよそに、少年は天馬と天馬が持っていたサッカーボールを交互に見てはきらきらと瞳を輝かせた。そんな少年の言葉に天馬の瞳もまた輝いた。

「うん!君もサッカーしてるんだね!さっきのキャッチすごかったよ!まるでイナズマジャパンのキャプテンみたいだった!」

天馬が知る最高のチームのキャプテンであり最高のGK。その人の動きを思い出しながら天馬が少年に話しかけるも、目の前の少年の反応は薄い。

「イナズマジャパン?」

少年は初めて聞いたイナズマジャパンと言う言葉に首をかしげた。その少年の行動に天馬もまた首をかしげた。

「あれ、知らない?俺、サッカーやってる子なら皆知ってると思ったんだけど」

それに少年がしているオレンジのバンダナはてっきりイナズマジャパンのキャプテンの真似をしていると天馬は思っていたため、少年がイナズマジャパンを知らないことに驚いた。しかしそんなことはまったく知らないと言った風にこくりと素直に頷く少年に天馬は説明をした。

「6年前にFFIって言う少年サッカーの世界一を決める大きな大会があったんだ。それでその時優勝したのがイナズマジャパン!すっごいかっこよくて、俺ずーっとテレビの前で応援してたんだ!」

FFIでの熱い戦いを思いだし、天馬はイナズマジャパンのエースストライカーのシュートの真似をしてみせた。少年はその話と天馬の動きを見て興味を持ったのか、もっと色々話をしてくれと天馬の話に耳を傾けた。

自分の大好きなイナズマジャパンの話に少年が興味を持ってくれたことが嬉しくて、天馬はイナズマジャパンのメンバー一人一人の話を少年に話した。そんな天馬の話に少年は楽しそうにうんうんと頷きを返す。

「そうそう、イナズマジャパンのキャプテンも君と同じオレンジのバンダナしてたんだよ」

イナズマジャパンのキャプテンでありGKである人の話をしていた時、天馬は少年を見ながら自分の額にこつんと指をあててみせた。それを聞いた少年は片手でバンダナに手をかざして嬉しそうに笑った。

「そんなすごい人と一緒なんだ!あ、だけどこれは会ったことないけど、俺のじいちゃんのバンダナなんだ!」

会ったことがないということはもう亡くなっているであろう少年の祖父を思いながら、そうなんだ、かっこいいねと天馬が言えば、少年は照れくさそうにありがとうと笑った。


「君も一人で練習してるの?」

先程からずっと少年と話しているが、少年を呼ぶ声がないことを不思議に思った天馬が聞いた。周りを見渡してみても、他の子供たちは皆公園で遊んでおり、少年と一緒にサッカーをしていると思わしき子はいない。

「うん、いつも俺一人!でも一人だって練習出来るよ!」

今も練習してたところと付け加え、少年はにっこり笑う。

「あはは、俺と一緒だ!」

ボールを捜して偶然出会った少年が、自分とまったく同じ境遇であると知った天馬はなんだか嬉しくて笑い出した。

「じゃぁさ兄ちゃん、今日は俺と一緒に練習しよう!」
「うん、俺も君とサッカーしたいと思ってたとこ!」

満面の笑みで出された少年からの提案に、天馬もまた満面の笑みで頷いた。天馬の頭からは自分が見知らぬ河川敷に出たことなどより、今目の前の少年と一緒にサッカーが出来ることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

それから天馬と少年は二人でのサッカーを楽しんだ。順番にオフェンスとディフェンスを切り替えてはボールの取り合いをし、普段は一人では出来なかったパスをしてボールを相手に繋いでは、二人はお互いに顔を見合わせて喜んだ。練習の合間にはサッカーについてお互いの思いを話したりもした。

天馬がドリブルが得意だと言えば、少年は見せてとせがみ、天馬はそれに応えて素早いドリブルを披露した。流れるようなドリブルの動きに少年は声をあげて天馬の動きに魅入る。それに天馬もありがとうと照れながらも嬉しくて笑ってみせた。

少年がキャッチが得意だと言えば、天馬は少年に向ってシュートを打った。相変わらず天馬のシュートはとんでもない方向に曲がったが、それでも少年はそのボールに追いつき見事ボールをキャッチした。その動きに天馬はまた魅入り、すごいと感嘆の声をあげた。

周りから見たら少年たちがただ元気にサッカーをしているだけに見えただろう。だが二人の少年にとってはお互い初めて一緒にサッカーが出来る相手がいることをとても幸せに、そして嬉しく思っていた。

この時間が長く続けばいいのに、お互い言葉にこそはださなかったが、二人の心は同じだった。


あれからどのくらい時間が経ったのだろうか、空は夕焼け色に染まり、近くの公園で遊んでいた子供たちの姿も疎らになった頃、少年があっと声をあげた。

「もう夕方だ!早く帰らないと母ちゃんに怒られる!」

サッカーをすることに夢中だった天馬と少年は時間のことを忘れてただひたすらボールを追いかけていた。故に少年は母親から言われていた家に帰る時間をすでに過ぎていることにさえ気付いていなかった。

「本当はもっと兄ちゃんとサッカーしたいけど、早く帰らないと母ちゃんがすごい怒るんだ」

勿論天馬も少年と同じ気持ちだった。こんなに楽しいサッカーをしたのは初めてだったし、何より目の前の少年ともっとサッカーをしたいと思った。しかし、時間はそれを許さない。刻々と迫り来る夕闇に、天馬もまた帰らなければと感じていた。

「俺ももっと君と一緒にサッカーしたかったな」

天馬が正直な気持ちを述べれば、少年も大きく頷いて足元にあった自分のサッカーボールを拾い上げた。

「兄ちゃん、今日はもうサッカー出来ないけど、また一緒にサッカーしよう!」

拾い上げたボールを片腕に抱えるように持ち直し、少年は天馬に小指を差し出した。それに天馬も顔を輝かせ、少年の指に自分の小指を絡める。

「うん、約束!」

絶対だよと言って少年と天馬は指切りをした。指切りをした後、少年は手を振りながら笑顔を見せて自分の家へと帰るために走り出した。その姿に天馬も大きく手を振って少年を見送った。

また明日も会えるかな、天馬がそう思いながら小さくなる少年の背中を見ていると、突然強い風が吹いた。

「わっ!」

天馬は突然の突風に耐えようと思わず目をぎゅっと瞑った。強い風は天馬の髪や服を揺らしたが、次の瞬間には何事もなかったかのように綺麗に吹き抜けていった。もう大丈夫かと天馬がそろりと目を開ければ、天馬の目の前にはサスケの姿があった。

ワン、と一声鳴いて尻尾を振りながら天馬を見つめるサスケに天馬はえっ、と小さく驚きの声をあげた。先程まで天馬は確かに見知らぬ河川敷にいて、そこで出会った少年とつい先程別れたばかりだった。だが、今天馬は自分がよく見知った河川敷にいた。

何がどうなっているのか分からなくて、天馬が辺りをきょろきょろと見渡していると、サスケがまたワン、と鳴いて天馬を不思議そうに見つめていた。

「ねぇ、サスケ。俺、今までここにいなかったよね?」

サスケの目の前にしゃがみ込んで天馬がサスケに話しかけても、サスケは不思議そうに天馬を見上げるだけで何も応えない。そんなことは天馬にも分かっていたが、サスケに聞かずにはいられなかった。

天馬は草木の茂みに入ってしまったボールを追って出た先の見知らぬ河川敷で、少年とサッカーをしていたはずだと自分の記憶を辿った。砂埃や泥で汚れている自分の手や靴、そして汚れた衣服はこの場所で練習したって絶対につかないもので、それは確かにあの場所で自分が少年とサッカーをした証だった。

今さっきだってまた一緒にサッカーをしようと約束して別れたばかりで、それを忘れるはずがない。それに約束を交わした小指がまだじんわりとその感覚を覚えている。

黙って考えを廻らす天馬に痺れを切らしたのか、サスケが天馬の顔をべろりと舐めた。途端に意識をこちら側に戻された天馬は驚き声をあげたが、サスケはそれに構わず天馬の顔を舐めまわす。

「あはは、くすぐったいよ!」

あまりのくすぐったさに天馬が笑い出すと、サスケは満足したのか天馬から離れた。サスケなりに自分のことを心配してくれているのだろうと感じた天馬は、サスケの頭へとぽんと手を置いた。

「サスケ、心配させてごめん」

座りながら尻尾を振るサスケの頭を天馬がよしよしと撫でてやれば、サスケは気持ちいいのか、大人しく天馬に撫でられ続けていた。

考えても分からないことを考えたところでしょうがない、そう思った天馬はよし、と気合を入れてボールを腕に抱えて立ち上がった。

「約束したんだ、また一緒にサッカーやるって!」

あの少年と交わした約束は絶対に忘れない、今はそれだけでいい。その約束さえ覚えていれば、いつかあの少年とサッカーが出来る、天馬にはそう思えた。

「帰ろう、サスケ!」

いつもの調子を取り戻した天馬にサスケはワン、と一際大きい声で嬉しそうに鳴いて天馬の声に応えた。家まで競争だと嬉しそうに走り出した天馬の後を、サスケもまた尻尾を振りながら追いかけた。


天馬がまたあの場所に行けるかなんてことは、天馬には分からない。もしかしたらまた明日少年に会えるかもしれないし、もしかしたらもう少年に会えないかもしれない。それでも天馬は少年と交わした約束を胸に、少年と再会出来る日を夢見て毎日サッカーの練習に励む。

そしてまた天馬と出会った少年も、天馬との再会を楽しみに毎日サッカーの練習に励んでいることを天馬は知らない。


天馬と少年の約束が果たされるのは、それから数年後のお話。



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