「よっ、速水」

部活棟に行く途中、後ろからの声に振り向けば円堂監督がボールを抱えて立っていた。どうやら監督も今から部活棟に行くところみたいだ。一緒に行こうぜなんて言われたら断れるはずがない。はぁと曖昧な返事をすれば、円堂監督は俺の横に並んでゆっくりと歩きだした。


「浜野と倉間はどうしたんだ?同じクラスだろ?」

何故俺たちのクラスのことを知っているのかと一瞬考えたけど、きっと音無先生に聞いたか部員の情報でも見たのだろう。まぁ、監督な訳だし部員の情報は知ってて当然と言えば当然だ。

「あの二人は今日掃除当番なんです・・・」
「なるほどなー」

俺も掃除当番だったらよかった。そうすれば今こうやって円堂監督と二人っきりで部活棟に行くことなんてなかったのに。俺は未だに円堂監督を信用しきれていない。そして正直円堂監督は苦手なタイプだ。

気付かれないようにため息をついてちらりと円堂監督を見上げれば、タイミング悪くこちらを向いた円堂監督とばっちり目が合ってしまった。一瞬息がつまったような感覚に襲われ、目を逸らしたくても円堂監督の真っ直ぐな視線から逃げれなくなってしまった。

「そういや速水って普段はヘッドフォンつけてるんだな」

きっと時間にしてはすごい短い時間なんだろうけど、俺にはすごく長く感じられた無言の時間を破ったのはやはり円堂監督だった。いきなりの言葉に俺は間抜けな声を出すしかなかった。

「は?」
「うん、だからヘッドフォンさ。部活の時はいつもつけてないだろ?」

あぁ、これのことかと今は首にかかっているヘッドフォンに手を当てた。

「そりゃぁ、四六時中つけてる訳じゃないですよ。それに部活の時は邪魔ですし」

それが普通でしょうと言えば円堂監督がそれもそうだと笑った。笑われるようなことをした覚えもないし、そんなことを言った覚えもないのに笑われたことに少しむっとして訝しげに円堂監督を見れば俺の視線に気付いた円堂監督が悪い悪いと謝った。

「俺が速水たちの年の頃にいたんだよ。練習中でも試合中でもいつもヘッドフォンつけてた奴が何人も。だから速水もそうなのかなって」

その頃を思い出したのか円堂監督は懐かしそうに笑った。

円堂監督が俺たちの年の頃というと、FFやFFIで雷門イレブンやイナズマジャパンが活躍していた頃だ。その頃は今みたいな管理サッカーなんかなくて自由に試合が出来たのが当たり前の時代。

でもそんな時代はもうきっと来ない。円堂監督が監督になったところでそれは絶対に変わらないんだ。いくら円堂監督だってフィフスセクターの力に抗える訳が無い。

分かりきっていたことのはずなのに心のどこかで円堂監督に期待していた自分がいた。そして一瞬でも夢を見てしまった自分が嫌になる。望みの無い夢なら最初から見たくなかった。


「今と監督の時代じゃ何もかも違いますよ」

自分の口からでた言葉は思いのほか刺々しいものになってしまった。そして言葉にしてしまうと尚更これが現実なんだと思い知らされる。沈む気持ちと同調するかのように足が重くなり、あと少しで部活棟だというのに足が止まる。

「そんなことないさ、皆が本気でサッカーをしたいって気持ちさえ持っていればサッカーもそれに応えてくれる」

少し前を歩いていた円堂監督が足を止めて振り返り、俺の目の前で最初に会った時のように笑って見せた。あの時も思ったけど、なんで円堂監督は笑っていられるんだろう。サッカーを誰よりも好きな円堂監督がこんな腐敗した世界で折れていないのはなんでなんだろう。

「だからそんな顔するなって」

頭の上にぽんと乗せられた円堂監督の手。あぁ、やっぱりキーパーやってたくらいだから手が大きいんだなんてどこかずれたことを考えていたら、頭の上に置かれていた温かさと重さがゆっくりと離れていった。その手を追うように顔をあげれば、その先には大丈夫、心配するなと言うような円堂監督の顔。

俺が何か言う前に円堂監督はくるりと俺に背中を向けて部活棟に歩き出した。その後姿に何か言おうと口を開くが言葉が上手く出てこなくて俺は口を噤いだ。

そうこうしているうちに部室棟の入り口までたどり着いた円堂監督がドアに手をかけて早く来いよと俺を呼んだ。

言われるがまま部室棟に入ってしまったらもう後には引けないと頭の片隅で警報が鳴った気がした。でもここで立ち止まっていたって状況は何も変わらない。もしかしたらもうとっくに後には引けないところまできているのかもしれない。

諦めか覚悟か自分でもよく分からない感情を抱いたまま、俺は開け放たれたドアに向かって歩き出していた。



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