「もうね、どうしようもないの。」
 
ぽつり、また一つあの人の音が落ちて溶けた。
 
何故、何故、何故。月に愛された女――かすがの頭はそれでいっぱいだった。
どうしようもなかったのは、かすがも同じだった。
 
「でもね、幸せ。」
 
私は幸せ。
かすがが姉と慕ってきた女は続けた。冷たさが形を潜め、見目に合う甘やかな音色で。
その時かすがには理解できなかった。理解できなくて悲しかった。
 
「忠誠を誓える主に会うなんて思ってなかった。愛しいと想える人に逢えるなんて、もっと思ってなかった。」
 
勿論、かすがや佐助君も大切だし大好き、愛してる。
そう微笑んで言う女にかすがは唇を噛んだ。
 
「でもそれと違う愛してる。そう、あの人が愛しいの。」
 
あの人になんと思われていても。
歌う様に紡がれた声を黒に溶けていく。
かすがは今まで幾度と無く殺したいと思ったが、今また本気で殺したいと願った。
だけどそれを彼女が望まぬから。
 
「…なら、せめて里には黙って行けば」
「ダメ。」
 
かすがが堪えて耐えて言った言葉はあっさりと、きっぱりと遮られ絶えた望み。
 
「何故ですっ。いくら姉様が強いと言ってもっ、里の忍全てに勝てると言うのですか!」
 
押さえた思いが溢れて終いは語気強くなる。
嫌だ嫌だ嫌だ。何故姉様は私を置いていこうとするんだ。
その時のかすがにとって彼女の存在は唯一と言ってもいい存在だった。
 
「いいえ。無理でしょうね。だから私は伝えたら即座に逃げるつもり。逃げられるかどうかは、分からないけど。
それでも黙って逃げるなんてできないの。」
 
end.