「そんなっ!死ぬつもりですか!?」
 
時折月を雲が隠す夜、静寂を裂く様に声が響いた。
その声は周囲を憚る様に小さかったけれど、静寂に浮いて相手の耳には届いた。相手の聴覚が優れていた為に届いた音はすぐに夜の闇に融けて消えた。
 
声の主――月を象った様な女――は柔く風に揺らぐ己の髪を気に留める事無く相手を見続ける。
月の光を柔らかに返す黄金の髪は大層美しかったが、それに見惚れる余裕のある者などこの場に居なかった。
 
相対する者は真っ直ぐに向けられた視線を逸らす事無く受け止める。
 
受け止めた人間――夜そのものの様な女――は月が隠れる度に融け消える自分を知らぬ様にただ静かに見返す。
それが尚更相手の不安を煽ると知っていながら、それすらも知らぬふりで。
 
二人はまるで真逆の存在だった。まるで対の存在だった。存在その物を鏡面に映した様な女達だった。

声の主の髪がまるで夜の闇にも目映く光る様な金なのに対し、受け止めた女は夜の闇にも融ける艶やかな濡れ羽色だった。

濡れ羽の女が幼く円かな顔で優しげな瞳には穏やかでありながら鋭利なものを持つのに対し、月の女は凛と冷たく厳しい顔で鋭い瞳で激しい情をぶつける。
背が高く激しい女は激しさの中に迷いを潜ませ背の低い女を縋る様に見る。背の低い女は鋭い瞳に縋る色を表す背の高い女を穏やかに優しく、それでいて決意したのだと拒む様に真っ直ぐその目を見上げた。
 
風が吹く度に金が揺らぎ輝き黒は融けて馴染む。
次に長く短い沈黙を破ったのは黒髪の女だった。
 
「…そうね。殺されに行く様なもの。分かってる。」
 
ゆるりと瞼を落とし、呟く様に吐き出されたのは諦観を含んだ音だった。
夜はその音すら侵し隠して消した。
 
end.