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右も左もわからないこの時代に突然放り出されて困っていたところを土方さんに拾われた私は、彼の身の回りのお世話をすることになった。

家事や雑用が主な仕事ということで、てっきり女中さんのようなものだとばかり思っていたら、意外なほど待遇が良くて逆に戸惑っている。

まず、この時代にそぐわない現代の服では不都合もあるだろうと、下着や着替えなど生活に必要なものを買い揃えて頂いた。
大事な活動資金からお金を出してもらって、本当に申し訳ないと思う。

それから、若い娘さんを男の人達と一緒にするわけにはいかないということで、自分の部屋を一室与えてもらった。
他の人達は大部屋や相室なので、これまた申し訳ない話だった。

その後は、出掛けていく土方さんを見送ったり、帰って来た土方さんを出迎えて着替えのお手伝いをしたり、お茶を出したり、食事を作ったり、寝る支度のお手伝いをしたりと忙しく働いていたのだが。
はたから見ると、これって奥さんの仕事だよなあと思うこともあったりして。

「お前、あのジジイの女なのか?」

なので、こういう勘違いをされたりもしてしまうのだった。

と言っても、こうしてやたらと絡んでくるのは尾形さんだけなのだが。
他の人達は土方さんを畏れてか、内心そんな風に思っていても直接聞いてきたりはしない。

「ジジイなんて失礼ですよ。それに、私はそんなんじゃありません。ただの居候みたいなものです」

「それにしては大事にされてるじゃねえか」

「土方さんはお優しい方ですし、紳士ですから」

「ははッ、あの『鬼の副長』が紳士ねえ」

「もう、お仕事中なんですから邪魔しないで下さい」

私はさっき取り込んだばかりの洗濯物をせっせと畳みながら尾形さんを睨んだ。
そうしたところで動じるような人ではないのだけれど。

尾形さんは私の傍らにどっかと座って、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

「なあ、あんな枯れたジジイなんざやめて、俺にしておけよ」

「だから、ジジイなんて……えっ?」

「俺の女になれ」

「そんな冗談」

「冗談じゃねえ。俺は本気だ」

にじり寄って来る尾形さんから逃れようとした途端、がしっと手首を掴まれて引き寄せられた。
態勢を崩して倒れ込みそうになった私を受け止めた尾形さんは、そのまま顔を近付けてきて…。

「やっ…!」

「そう嫌がるなよ。傷つくだろ」

「離して下さいッ」

さすが元軍人さんだけあって力が強い。
私を容易く拘束してしまった尾形さんが上からのし掛かって来る。
と、一瞬、全身が凍るような寒気を感じたかと思うと、急に重みが無くなり、赤ちゃんにするみたいに誰かの膝の上に抱き上げられた。

「無理強いは感心せんな、用心棒」

「土方さんッ!」

私を助けてくれたのは土方さんだった。
尾形さんから引き離し、膝の上に抱き上げられている。
嗅ぎ慣れた土方さんの匂いを吸い込み、ほっと息をつく。
良かった。助かった。

「チッ、邪魔が入ったか」

尾形さんは全くこたえた様子もなく飄々としている。

「しょうがねえ。またの機会にな」

「尾形」

「やれやれ…あんな殺気を叩きつけてくるくらい大事なら、さっさと自分のものにしちまったらどうだ?」

立ち上がった尾形さんが障子の陰から顔を出して土方さんに言った。
そして、返事も待たずにそのまま歩き去ってしまう。
本当にマイペースな猫みたいな人だ。

「土方さん…」

土方さんにすり寄ると、優しく頭を撫でてくれた。

「怖かっただろう。大丈夫か?」

「はい、ありがとうございました」

「なに、私も好いた女をみすみす他の男にくれてやるほど枯れ果ててはいないさ」

「えっ」

土方さんを見上げれば、年輪を重ねた渋さの中に男を感じさせる表情で私を見下ろしている。
それは紛れもない、雄の顔で。
ドキッとすると同時に、あまりの事態に冷や汗が出てきた。

「それとも、こんな年寄りでは相手にならんかな?」

「そ、そんなことは…」

「ふふ、そうして混乱している様も愛らしいな」

「ひ、土方さん?」

冗談だと言ってくれるのを待っているのに、土方さんはただ微笑むばかりで、どうしたらいいのかわからない。
早く嘘だと言って下さい。

混乱する私の顎を優しく摘まんで、至近距離まで近付いた土方さんがふっと笑う。

「こういう時は目を閉じるものだ。お嬢さん」


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