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この時期はデスクワークが本気でつらい。

ただ座っているだけだから楽だと思われがちだが、長時間ずっと座りっぱなしだと肩は凝るし、身体の節々は固まってバキバキになるし、何より足腰が冷える。
暖房は適度な温度に設定されているのだが、足元が冷えるのはもうどうしようもない。
厚手のタイツを履いて対策はしているが、それでも寒い。

しかし、それも今日で終わりだ。
ひとまず、今年は、だけど。

今日は仕事納めの日だった。

そして、忘年会の日でもある。

上司が理解のある人なので、クリスマス時期は外してくれたので、この日になったのだ。

我が社の忘年会はお店を一軒丸ごと貸し切りにしてやる大規模なものなので、当然ながら他部署も合同で行われる。

「飲んでるか?」

「ちょっとずつですけど飲んでますよ。谷垣さんは飲んでます?」

「ああ。酔わないように飯も食っとけよ」

「もう食べるのメインみたいな感じです」

「はは、そうか」

谷垣さんはプロジェクトで一緒になって話すようになった人だ。
尾形係長の部下だというからどんな人かとビクビクしていたが、至って良心的な真面目で優しい人だった。残念なことにお付き合いをしている女性がいるらしく、深入りしないように仕事上だけの関係に留めている。

「あっ、尾形係長!」

隣のテーブルの女性社員が上げた声に、思わず身体がビクッとなった。
尾形係長は今日は来ないはずだったんじゃ…?

「尾形係長、ここ空いてますよ」

「いや、こっちでいい」

尾形係長は何故か私の隣に猫のように身体を滑り込ませてきた。

尾形係長が掘り炬燵に足を入れた拍子に、尾形係長の太ももと私の太ももが触れ合って、ドキッとする。

尾形係長にキスをされて以来、私の身体は些細な触れ合いにも過敏に反応してしまうようになっていた。

「苗字、ちょっと詰めろ」

「えっ、あっ?」

尾形係長とは反対側の隣に、鯉登係長が入ってきていた。
最初そこにいたはずの谷垣さんが無理矢理隅に押しやられて困っているが、鯉登係長は気にした様子もない。

尾形係長が小さく舌打ちしたのが聞こえた。

「酌をしてくれるか」

「あっ、はい」

鯉登係長は自分のグラスだけじゃなく日本酒を瓶ごと持って来ていた。
それを受け取って鯉登係長のグラスに注ぐ。

「苗字も飲むか?」
「いえ、私はお酒弱いので…」

「苗字、これを飲め」

尾形係長がいつの間に注文したのか、ネーブルのカクテルをずいと私のほうに押しやった。

「ありがとうございます」

「私の酒は飲めないのに、こいつのは飲むのか?」

「鯉登係長はもう大分出来上がっておられるようですなあ」

「おいは酔っとらん」

「薩摩弁が出ているのが証拠ですよ」

「おいは酔っとらん!」

「ははッ」

「ないごて笑っと!」

大変だ。
私を挟んで尾形係長と鯉登係長が言い争いを始めてしまった。
というか、尾形係長が一方的に鯉登係長を弄っているのだが。

「鯉登係長、何か料理をお取りしましょうか」

「苗字の手料理がよか」

「いえ…それはちょっと」

「鯉登係長、苗字を困らせるのはやめて下さい」

「尾形係長…」

「苗字の手料理を食べられるのは俺だけですから」

助け船だと思った私が馬鹿だった。

激昂した鯉登係長は、木刀を持って来い、今日という今日は始末してやるなどと喚きだしている。
それを尾形係長が囃し立てて煽っていくスタイルだ。
もうやめたげてよお!

「尾形係長、もうそのくらいで…」

「優しいな」

尾形係長が猫のように目を細める。

「なら、一緒に初日の出を見に行こうぜ。それで許してやる」

鯉登係長が何か叫んでいるが、早口の薩摩弁なので、もうなんと言っているのかわからない。

「そ、そうですね…じゃあ、鯉登係長も一緒に」

私も自分が何を言っているのかわからない。

「しょうがねえ。そいつも連れて来い」

尾形係長が渋々といった風に言った。

騒ぎに気付いた月島主任が鯉登係長を宥めて引っ張って行ってくれたので、ほっと息をつく。

でも、尾形係長と鯉登係長と三人で初日の出を見に行くことになってしまった。

年明けから面倒なことになりそうだ。

私はテーブルに突っ伏してしまいたくなるのを堪えて、グラスに残っていたカクテルを一気飲みした。

もうどうにでもなれ!


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