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「チタタプ、チタタプ…」

「いいぞ、なまえ。上手いじゃないか。力加減もちょうどいい」

アシリパちゃんに褒められてにっこりするが、包丁を動かす手は休めない。

チタタプとは、ナマの肉や魚を包丁で細かく刻んだもののことだ。
材料が肉ならタルタルステーキ、魚ならたたきを想像してもらえればわかりやすいと思う。

今回は鳥の肉に、脳みそと一部の内蔵も混ざっているが。

アシリパちゃん曰く、チタタプはみんなでやるものだそうで、彼女を筆頭にみんなで順番に刻んでいく。
あの尾形さんまでちゃんとやるのだからアシリパちゃんの影響力凄い。
もっとも、尾形さんの場合、無言のまま刻んでチタタプとは決して言わないのだけれど。

「アシリパさん、まだー?」

お腹をすかせているらしい杉元さんが、待ちきれないといった様子でアシリパちゃんに尋ねる。

「そうだな。そろそろいいか。私はオハウの準備をするから、なまえ、お前が食べさせてやってくれ」

「う、うん」

食べさせる側は初めてだから緊張するなあ。
私がスプーンで掬うと、みんなもう私の前に横一列に並んで待っていた。
完全にアシリパちゃんに調教されている。

「はい、お口開けて下さい」

親鳥の餌を待つ雛のように口を開けて待っている杉元さんから順番に、スプーンで一口ずつ食べさせていく。

「ヒンナ、ヒンナ」

「うむ、美味い」

立派な体格をした牛山さんまでもが口を開けてスプーンで食べさせてくれるのを待っているのだから、はたから見たら凄い光景だ。

と思ったら、尾形さんまで…。
あのクールなスナイパーを絵に描いたような尾形さんまでもが、スプーンを差し出すとちゃんと素直に口を開けて食べてくれた。

やだ、可愛い。

何かに目覚めてしまいそうだ。

「待たせたな。残りのチタタプを入れたオハウだ」

「おお!待ってましたッ」

「これは美味そうだ」

「肉団子鍋ですね。美味しそう」

元の世界にいた時に鳥の肉団子鍋は食べたことがあるが、それにはさすがに脳みそは混ざっていなかった。
どんな味なのか気になるところだ。

「ほら、なまえ」

「ありがとう、アシリパちゃん」

アシリパちゃんがよそってくれたお椀を受け取り、早速一口啜る。
何だか懐かしい味だ。
続いて、肉団子も食べてみる。

「なまえ、ヒンナか?」

「うん、ヒンナ!」

「お前は偉いな。尾形はまだヒンナが言えないんだ」

「尾形さん、美味しい時はちゃんと美味しいって言わないとダメですよ」

「……」

「もう、都合が悪くなるとすぐ黙っちゃうんだから」

「もっと言ってやって、なまえちゃん!」

ここぞとばかりに杉元さんがはやしたてる。

「杉元は銃が下手くそだから、尾形が妬ましいんだ」

「アシリパさぁん…」

「尾形さん、凄いですよね。どれくらいの距離まで銃撃出来るんですか?」

「日露戦争では、千メートル以上先から突撃してくるコサック騎兵達を食い止めた」

「千メートル!?」

予想を遥かに上回る腕前に驚いていると、尾形さんは肩に担いでいた銃を下ろして私の前に差し出した。

「これは三十年式歩兵銃だ。ここの表尺の部分を見ろ」

表尺とは、いわゆる射撃可能距離を表したものだろうか。

「この20は二千メートルを意味する。つまり、二千メートル先まで弾丸が届くってことだ」

「尾形さんなら、その限界の二千メートル先まで銃撃が可能だということですか?」

「試してみるか?俺から逃げられるかどうか」

「怖いのでいいです…」

絶対、一撃で殺さずに、脚とか撃ち抜いて動けなくなったところにゆっくり歩いてトドメを刺しに来そう。

「安心しろ。殺したりはしねぇよ」

「えっ」

「俺から逃げ出すんなら、死ぬよりも酷い目に遭う覚悟をしてもらわねぇとな。なぁ、なまえ」

「ひぇっ!」

この人本気でヤバい。
わかっていたけど。

「尾形、なまえをいじめるな」

「アシリパちゃん!」

私がアシリパちゃんに縋りつくと、尾形さんは低く笑って銃を肩に担ぎ直した。

目だけはじっと私を見据えたまま。

「なんだ、なまえ。俺が怖いのか?」

「あんなこと言われたら怖いですッ」

「心外だな。いつも優しくしてやってるだろ」

「うう…」

「お前は俺の女だ。逃げなければ、ちゃんと可愛がってやる。逃げなければ、な……」


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