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白石さん救出のため、網走監獄の典獄に変装した詐欺師の鈴川と、同じくマスクを被ってその部下に変装した杉元さんが第7師団歩兵第27聯隊の兵舎に入っていってからしばらく経った。
今のところは上手く話が進んでいるようだ。

私はと言うと、不測の事態を想定して狙撃準備をしている尾形さんと一緒に木の上にいる。
木登りが得意で良かった。

「鯉登少尉が慌てて入っていった」

「えっ、今の人ですか?」

「まずいぞ、これは」

双眼鏡を目から離した尾形さんが言った。

「やつは鶴見中尉お気に入りの『薩摩隼人』だ」

「ええっ!?」

それから程なくして室内から銃声が聞こえてきた。
と思ったら、白石さんを連れた杉元さんが窓を割って飛び出してきた。
二人のあとを追おうと窓際に兵士が駆け寄ってきたのを、すかさず尾形さんが銃撃して援護する。

「来いッ」

先に飛び降りた尾形さんが両腕を広げる。
迷う暇もなく私はその腕の中に飛び降りた。
受け止められたかと思ったら直ぐに地面に降ろされ、走り出した尾形さんに急いでついていく。

「杉元こっちはダメだッ」

白石さんに肩を借りてこちらにやって来た杉元さんに尾形さんが叫ぶ。

「南へ逃げろ、あっちだッ」

先ほどの銃声で兵舎から次々に兵士達が出てきてしまったせいで、当初予定していたルートからの逃走は出来ない。

「杉元が撃たれちまった」

「不死身なんだろ?死ぬ気で走れッ」

「無理だッ、こんな傷の杉元が走り続けられるわけねえッ」

確かに、白石さんに支えられて走ってはいるが、このままでは追いつかれるのは時間の問題だろう。

私はちょうど良いタイミングで目の前に現れたものを指差した。

「尾形さん、あれ!」

「何だありゃあ!!」

杉元さんと白石さんが叫ぶ。

「気球隊の試作機だ!!」と、尾形さん。

白石さんの提案でそれを奪うことになり、駆けつけてきた兵士達を銃で牽制しつつ、みんなで乗り込んだ。

水素に引火するから銃は撃てないはずだとわかったらしく、試作機に掴まって引きずり下ろそうとする兵士達を、杉元さんと尾形さんが銃床でボコボコに殴って振り落とそうとしている。

「鯉登少尉…!!」

やっと全員引き離して浮かび上がった試作機に、兵士達を足場に駆け上がってきた鯉登少尉が軍刀を構えた。

「銃剣よこせ。俺がやる」

と手を差し出した杉元さんに、

「自顕流を使うぞ。2発撃たれた状態で勝てる相手じゃない」

尾形さんが言いながら銃剣を手渡した。

「尾形百之助、貴様……」

尾形さんに気付いた鯉登少尉が、憎々しげに呟く。
そのあまりの迫力に思わず尾形さんに縋りつくと、大丈夫だというように腰に腕を回された。
と、鯉登少尉の視線が尾形さんから逸れて、ひた…と私に据えられる。

「なまえさん…?」

「お前、鯉登少尉と知り合いだったのか?」

「西洋料理店で働いていた時に、何度かご来店されたことが…」

尾形さんと私を見比べた鯉登少尉が、何事かを早口で叫んだ。
まさしく激昂という言葉が相応しい剣幕に反射的に身が竦む。

「相変わらず何を言ってるかサッパリ分からんですな、鯉登少尉殿。興奮すると早口の薩摩弁になりモスから」

尾形さんの挑発に乗せられた鯉登少尉が軍刀を振りかぶる。
杉元さんは咄嗟に銃剣を頭の上にかざして受け止めようとしたのだが、

「受けるなッ」

尾形さんが叫ぶ。

ゴシャと嫌な音がして、受け止めきれなかった軍刀が銃剣ごと杉元さんの頭部に当たり、鮮血が飛び散った。

「杉元さんッ!」

そのまま何度も軍刀を振り下ろす鯉登少尉に向かって、地上から矢が放たれた。
見れば、馬に乗ったアシリパちゃんが弓矢を構えて並走している。

みんながアシリパちゃんに気をとられたその瞬間、白石さんの飛び蹴りが鯉登少尉にヒットした。
そのまま二人一緒に落ちていくかと思われたが、白石さんはちゃんとロープで命綱を繋いであったため、木に突っ込んだところをアシリパちゃんに助けられて合流することが出来た。

「なまえさんッ!!」

鯉登少尉の叫びが下から聞こえてくる。
その悲痛な響きに何だか申し訳ないような気持ちになった。
もしかして、私が尾形さんに誘拐されたと勘違いされてしまったのかもしれない。

「あの様子、ただの知り合いって感じじゃねえな。何かあっただろ」

「何かあったというか、最後に会った時に薩摩弁で早口で何か言われたんですけど、よくわからなくて…」

「なんて言われたんだ」

「えっと……おはんが、すっじゃ?」

「…………」

「えっ、なんで黙るんですかッ?」

「なまえちゃん…そりゃまずいよ…」

「えっ、杉元さんまでッ!?」

「で、なんて答えたんだ」

「お客様だったので、ありがとうございます?」

「…………」

「えっ、だからなんで黙るんですかッ?」

「お前…後でお仕置きな」


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