網走監獄への侵入経路が決まった。 網走川を利用した堀のこちら側から塀の向こう側まで穴を掘り、地下を通って侵入するのだ。 そのために、アイヌの鮭漁に見せかけて、堀の岸辺に小屋を建て、それでカモフラージュしながらその中の地面を杉元さん達が一生懸命掘り進んでいる。 私はと言うと、アシリパちゃんのお祖母さんの13番目の妹さんのいるコタンでお世話になっていた。 朝は朝食の支度と、みんながお昼休憩の時に食べるお弁当の用意をして送り出し、みんなが作業をしている間に汗と土で汚れた彼らの服を洗濯する。 その後はコタンの女の人達の仕事のお手伝いをしながら過ごし、みんなが帰って来る頃になると夕食の支度をして待つ、と言った感じの日々を送っていた。 「尾形さん、行ってらっしゃい。気をつけて」 「ああ」 尾形さんは、ほぼ毎日早朝から見回りに出掛けている。 戻って来る時間は日によって違うけれど、大抵お昼は一緒に食べられることが多い。 今日もお昼少し前に帰って来た尾形さんは、洗濯物を干している私から少し離れた所に腰を降ろしたかと思うと、おもむろに銃の手入れを始めた。 これももういつものことで習慣となりつつある。 「お帰りなさい、尾形さん。どうでした?」 「特に変わった様子はねえな。網走監獄も、看守共も」 「今のところ順調ですね。早くトンネルが開通するといいんですけど」 「そうだな」 シャツをパンパンと皺を伸ばして干していると、尾形さんはその様子をじっと眺めていた。 そうしている内に洗濯を干し終えて、お昼の時間になったので、チセの中へと戻る。 すると、尾形さんも後ろからついてきた。 何でも、私がご飯を作っている姿を見るのが好きなのだとか。 「男はみんなそんなもんだぜ」 という尾形さんに、何故か永倉さんや土方さんまでが頷いていたので、男の人はそういうものなのかと納得した。 女の子にも男の人の萌える仕草とかがあるから、きっとそういうものなのだろう。 「お待たせしました。お昼ご飯ですよ」 下ごしらえは済んでいたので、昼食はすぐ用意出来た。 今日は鮭の味噌焼きだ。 アルミホイルがあればちゃんちゃん焼きに出来るんだけど、アシリパちゃんに蒸し料理用に使う葉を教えてもらってそれで蒸し焼きにしてみた。 「おお、これは美味そうだ」 「悪いないつも」 「いえ、私に出来ることなんてこれくらいですから」 土方さんと永倉さんと会話している間に、尾形さんは早速味噌焼きに手をつけていた。 「尾形さん、いただきますは?」 「美味い」 「ありがとうございます。でも、そうじゃなくてですね」 「…………」 「もう、都合が悪くなるとすぐ黙っちゃうんだから」 私達にとっては何気ないやり取りのはずなのだが、土方さん達が微笑ましそうに見て来るから恥ずかしい。 「いたッ」 気が散ってしまっていたからか、食べている途中に舌を噛んでしまった。 「舌噛んじゃった…」 「見せてみろ」 尾形さんに顎を掴まれて口を開けさせられる。 「これなら舐めときゃ治る」 「ん…」 尾形さんの舌が滲み出た血を舐めとり、労るように優しく舌を舐めあげた。 「これは…我々には目に毒ですな」 「ははッ、もう二人は夫婦ということでいいんじゃないか?」 しまった。 土方さん達がいたんだった。 穴に入りたいとは、こういう状況を言うのだろう。 恥ずかしくて、穴が掘れるものなら掘って潜り込んでしまいたい。 しかも、目撃していたのは永倉さんと土方さんだけではなかった。 今日に限って、みんな早めに作業を終えて戻って来ていたのだ。 「尾形ちゃんてば、見せつけてくれちゃって!もう!ピュウ、ピュピュウ」 白石さんが口笛を吹いて指差してくる。 「尾形ぁ、見せつけるのやめなさい。誰も盗らないから〜」 もっとちゃんと止めて下さい、杉元さん。 「お、お前達ッ、昼間から何をッ!」 破廉恥なものをお見せしてごめんなさい、谷垣さん。 「なまえ、舌を怪我したのか?大丈夫か?」 「アシリパちゃん!」 私は唯一私の心配をしてくれたアシリパちゃんに縋りついた。 私の癒しはアシリパちゃんだけだよ…! 途端に賑やかになったチセの中に、キロランケさんとインカラマッさんが不思議そうな顔をしながら入って来る。 私はアシリパちゃんから離れて急いで残りのご飯をかきこんだ。 「洗濯物取り込んで来ますッ」 言いながら立ち上がり、早足でチセから出て行く。 そこで、俺は悪くないとばかりに知らん顔して髪を撫で付けている尾形さん。 戻ったらお話ですからねッ! 普段クールなくせに、よりによって土方さん達に見せつけるように何故あんなマネをしたのか、小一時間問い詰めたい。 参ったと言うまでギュウギュウに絞り上げて差し上げたい。 火照った頬に、網走の風はいつも以上に涼しく感じられた。 |