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樺太に渡る船に乗っても全く気が抜けなかった。
外よりもまし、という程度で船内もかなり冷えるからだ。
寝ている人もいるが、私はとても眠れそうにない。

アシリパちゃんは相変わらず元気がないままで、白石さんが何とか元気づけようとしてくれている。
彼がいてくれて良かったとつくづく思う。

狩猟やサバイバル能力に長けたアシリパちゃんとキロランケさんがいるし、料理上手でムードメーカーになってくれそうな白石さんもいるから、その方面での不安はない。
尾形さんが狙撃でバンバン毛皮とってくれるだろうし。

問題は尾形さんとキロランケさんがアシリパちゃんを利用しようとしているということだ。
のっぺら坊と杉元さんを狙撃したのが尾形さんだということをアシリパちゃんは知らない。
自分のお父さんを殺すのを指示したのが、彼女が心から信頼しているキロランケさんだということも。

アシリパちゃんがそれらを知ってしまったらどうなるか、そんなことばかり考えてしまって、どうしても気持ちが落ち着かない。

「ちょっと外の空気吸って来ますね」

尾形さんにそう言って船室を出た。
思わず溜め息が漏れる。
私がこんなんじゃ駄目だ。
もっとしっかりしないと。

甲板に出ると、人の姿はまばらだった。
それはそうだろう。
誰だって凍えるような外にいるよりは船内にいたいと思うはずだ。

「はぁ……」

海を見下ろすと少しだけ気持ちが落ち着いた。

「大丈夫?なまえちゃん」

「わっ、びっくりした…白石さん、いつの間に?」

「てへ、びっくりさせちゃった」

アシリパちゃんと一緒にいたはずでは、と考えていた私の疑問に答えるように、白石さんは言った。

「やっと寝ついてくれたから、なまえちゃんのこと追いかけて来たんだ。顔色悪かったから心配でさ」

「すみません、心配かけて」

「まあ、あれだ、一人で色々抱え込むより、俺みたいなのでも話してみたほうが楽になるかもよ?」

「白石さん…ありがとうございます」

本当に白石さんがいて良かった。
しみじみそう思っていると、白石さんが表情を改めた。

「ぶっちゃけ、あの二人は信用出来ない。アシリパちゃんに関しては…そうだろ?」

私は頷いた。
尾形さんとキロランケさんが話していたことを白石さんに教えるわけにはいかない。
そんなことをすれば、白石さんの身が危うくなってしまう。

「だから、出来るだけアシリパちゃんの側にいてあげて下さい。もちろん、私も出来る限りのことはします」

「そういうことならこの俺に任せてよ。アシリパちゃんだけじゃなくなまえちゃんのこともあいつらから守ってみせるって!」

「誰が誰を守るって?」

「ヒッ」

「尾形さん…!」

いつの間にか尾形さんがすぐ後ろに立っていた。
白石さんと話していたせいか、全然気がつかなかった。

「なまえは俺の女だ。お前が気にする必要はない」

「もう〜、尾形ちゃんの焼きもち妬きッ!」

白石さんが私に手を振って船内に駆け込んでいくのを見送って、尾形さんは私との距離を詰めて来た。

「堂々と浮気とは、いい度胸してるじゃねえか」

「もう、尾形さんの焼きもち妬き!」

白石さんと同じことを言えば、尾形さんはフンと鼻を鳴らした。

「何故、言わなかった」

「何をですか」

「…いや、いい。もう気は済んだだろ。中に戻るぞ」

「はい」

尾形さんと並んで船内に戻ると、白石さんはアシリパちゃんの隣に横になっていた。
網走にいたから寒さには慣れているのだろうか、眠ろうとしているらしい。

「お前も寝ておけ。樺太に着いたらまた歩き通しになるはずだ」

言いながら、尾形さんは私を引き寄せて壁に背を預けて座った。
そうして、自分の外套の中に私を潜り込ませた。
途端に尾形さんの匂いと体温に包み込まれる。

「こうすれば少しはましだろ」

「はい、あったかいです…」

尾形さんに身を寄せて目を閉じる寸前、眠っていたはずの白石さんと目が合った。
両手で指を差される。

「ピュウ☆」

尾形さんが黙って小銃の銃口を向けると、白石さんは慌てて寝たふりを始めた。
いびきまでかいている。

網走監獄から出て以来、初めてほんの少しだけ笑うことが出来た。

白石さん、ありがとうございます。


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