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トントントントンと、軽やかな音が台所の中に響いている。
なまえが包丁で胡瓜を切っている音だ。

和え物にするのだろう、と長谷部は冷静に分析しながら己に割り振られた分担、蕪(カブ)の葉を塩ゆでする作業に集中した。


主命とあらば、何なりと。

刀剣より生み出された付喪神、『刀剣男士』として顕現した彼の肉体は器用なタチだったので、大抵の事は苦もなくこなせた。
内番ならば、馬の世話から畑仕事まで。
手合わせや演練などは、本領発揮といったところだ。
隊長を任されての出陣に関しては、言わずもがな。

「恨みは無いが、主命だ。死ね」と、冷酷に敵にトドメを刺した同じ手で、主の料理を手伝う。
他人から見れば奇妙なことでも、長谷部にしてみれば当然のことだった。

全ては主のために。

「長谷部、味見してみてくれる?」

「はい、お任せ下さい」

なまえは蒸していたカボチャを一つ鍋から取り出した。
ほっくり蒸しあげられたカボチャは、箸で簡単に崩せるほど柔らかい。
箸を入れた所からふっくらと柔らかく解れて、湯気に乗って煮汁の旨そうな香りが立ちのぼった。

「はい、あーん」

まさかそうくるとは思わず、一瞬固まったものの、長谷部はすぐに口を開いた。
口の中に入れられたカボチャを咀嚼する。

「どう?美味しい?」

「主がお作りになったものは全てこの上なく美味です」

「もう、ちゃんと答えてよ」

「そう言われましても、これが俺の本心ですから」

「そ…そう…」

赤くなったなまえは、さっき塩揉みした胡瓜の水気を絞っている。
もう、長谷部はしょうがないなあ、などと呟いている姿が大層可愛らしいと長谷部は思った。
許されるのであれば、その唇に己の唇を重ねて吸い上げたい。
口中に舌をさし入れて、あたたかな口腔を舐め回して貪り尽くしたい。

そんな彼の想いを知ってか知らずか、なまえはまだ顔を赤らめたまま、何やらもじもじしている。
ちらちらと長谷部の顔を見ては、恥ずかしそうに目を逸らす。

「主?どうかなさいましたか?」

「うん…あのね」

「はい」

「これって、まるで新婚夫婦みたいだなと思って」

「新婚夫婦…めおと、ですか」

「うん…だって二人きりで料理してるし、あーんして味見とかしちゃったし…」

それは、何かまずいことなのだろうか。
長谷部は首を傾げた。

「俺は嬉しいですが」

「も、もう!長谷部は!ほんとにもう!」

なまえは赤い顔のままぷりぷり怒り始めてしまった。
いや、これは照れ隠しか。
長谷部は思わず緩みそうになる口元を引き締めた。
本当に、この方は。

「主」

「な、なに?」

「料理が出来上がりました」

「あ、本当?ありがとう」

「皿に移しましょうか」

「そうだね、お願い」

「承知致しました」

長谷部は茹でた蕪を皿に入れ、それに挽き肉を炒めたあんかけをかけて、軽く塩ゆでした蕪の葉を添えた。
蕪のそぼろあんかけの出来上がりだ。

直に正午になる。
丁度良い頃合いだった。
そろそろ腹を空かせた短刀達が大広間に集まってくるだろう。

それまでは。

「主、一息つきませんか。今お茶を淹れます」

「うん、ありがとう。長谷部もお疲れさま」

「主のためですから、この程度何ということもありません」

手早く茶の用意をしながら答えれば、なまえがはにかむような笑顔を向けてくる。
自分一人にだけ向けられた微笑み。
長谷部にとっては何よりの褒美だ。

だが、願わくば。
いつかはその魂ごと彼女の存在の全てを手に入れたいと願う。


──俺だけのものになり、俺だけを見て下さい、主


座敷牢などは主に相応しくない。
やはりなまえの部屋がある本丸の離れごと神域に引き込むのがいいだろうか。

幸せそうに長谷部の淹れたお茶を飲むなまえを見つめながら、長谷部は思考を巡らせた。


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