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燭台切光忠は良い匂いがする。

「香を焚きしめてるからその匂いじゃないかな」

「うーん…そういうのとは違うんだよね。なんだろう?」

「そんなに嗅がれたら恥ずかしいよ」

「もうちょっとだけ」

「しょうがないなあ」

苦笑されてしまった。
でも、気になるものは仕方がない。
服越しでもわかる厚い胸板に鼻先を埋めるようにしてくんくんと匂いを嗅ぎまくる。
ああ、いい匂い…。

ふと、大学時代の一期上の先輩の話を思い出した。
イケメンを片っ端から食いまくっていた先輩曰く、『いい男はいい匂いがする』らしい。
今までイケメンに全く縁がなかったので実感したことがなかったが、これこそソレではないのだろうか。

「いい男はいい匂いがするって本当だったんだね」

「それは褒めてくれてるのかい?」

「うん」

「ありがとう。なまえちゃんも可愛いし、いい匂いがするよ」

「可愛くないよ」

「可愛いよ、凄く」

「私いい匂いする?」

「うん、とてもいい匂いがね」

「歌仙にアドバイスされて着物に香を焚きしめてるからじゃないかな」

「うーん…そういうのとは違うんだよね。なんだろう?」

「そんなに嗅がれたら恥ずかしいよ」

「もうちょっとだけ」

「しょうがないなあ」

ぎゅっと抱き締められて、すんすん、と匂いを嗅がれる。
髪の毛。首筋。肌を掠める鼻先がくすぐったい。
すっかり立場が逆転してしまった。
恥ずかしいけれど、さっきまで自分がやっていたことだから怒れない。

「君達、いい加減にしてくれないか」

こめかみをヒクヒクさせて歌仙が言う。
そういえば今は三人で台所で昼餉の支度をしていたところだったのだ。

「あ、ごめんね。歌仙にばかり料理させて」

「そうじゃない!君達はどうしてそうなんだ!」

「えー」

「人前でいちゃつくのはやめないか!ちっとも雅じゃない!」

「いちゃついてないよ。匂いを嗅いでただけで」

怒り心頭といった様子の歌仙を見て、思いついた。

「ねえ、歌仙」

「僕の匂いは嗅がせないからな!」

「えー、どうして?」

「えーじゃない!まったく、君は……」

お説教が始まると長いので、懐に飛び込んでくんくんと匂いを嗅いだ。

「あ、こ、こら!」

「歌仙もいい匂いがする。雅な匂いがするよ」

「ま、まあ当然だろう。僕は文系だからね」

「んー、いい匂い…」

「あまり嗅がないでくれないか……」

「恥ずかしい?」

「当たり前だろう。僕は燭台切とは違うんだ」

「ひどいな」

光忠が小さく笑った。
彼はというと、私が離れたので、食事の支度に戻っている。
今作っているのは、春菊のクリーム煮とホタテのソテーだ。
相変わらず手際がいい。

「料理が出来る男は格好いいよね」

「僕達のことかい?」

「うん、凄く格好いい」

「ありがとう。嬉しいよ」

「まあ…そう言われて悪い気はしないな」

「俺も、主命とあらば料理でも何でも致しますよ!」

「長谷部……いつからいたの……」

結局、デカい男が三人と女一人で、お昼の支度を済ませた。

長谷部の匂いも嗅がせてもらったが、先ほどまで畑仕事をしていたから微かに汗の匂いが混ざっていたものの、やはりいい匂いがした。

彼らが刀剣男士だからなのだろうか?

それとも、やっぱりいい男だからいい匂いがするというやつなのだろうか。

薬研や一期を捕まえて匂いを嗅ごうとしたら、光忠に止められた。

「浮気はダメだよ」

そう言って抱き締めてくる光忠は、やっぱりとてもいい匂いがした。
お姫様抱っこで連れ込まれた寝所でも、それは変わらなかった。


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