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夏も盛りのある日の夕暮れ刻のことだ。

涼しい風が吹いていたので、執務室として使っている離れの部屋を出て縁側に腰掛けて休憩していたら長谷部がやって来た。
私の傍らに蚊取り線香を置き、

「少し待っていて下さい」

というので、何事かと思ったら、わざわざ井戸水を桶に汲んできて足下に置いてくれた。

「ありがとう」

足首から下を冷たい水に浸すだけでも充分涼がとれる。

「長谷部もおいで」

「いえ、俺は…」

「ほら、早く」

「…では、失礼致します」

隣に腰を降ろした長谷部が桶に足を入れるのを見届けて、うちわで扇いであげた。

「俺がやります」

「いいのいいの。長谷部にはいつも苦労をかけているから、たまにはこうして労わないとね」

「主のために働くことを苦に思ったことなどありません」

「長谷部…」

寄り添うように座っているため、いつもより距離が近い。
その長谷部の頭を腕を伸ばして撫でてやれば、長谷部は困ったような顔になった。

「主……」

「長谷部はいい子ね」

甘やかすように言って頭を撫でていると、長谷部は表情を引き締めた。

「お褒めにあずかり恐悦至極です」

「嬉しい?」

「主は俺の働きを認めて下さっているのでしょう?嬉しくないはずがありません」

「もっと甘えてもいいんだよ」

「では、これからも俺をお側に置いて下さい。それが何よりの喜びです」

「長谷部は欲がないなあ」

「いいえ。俺は欲深い男です。今この瞬間も、貴女を独り占めしたいと思っているのですから」

「今の状況は独り占め出来てると思うけど」

「まだ足りません。貴女はこうして俺の側にいながら、他の刀剣のことを思っておいででしょう」

確かに、夕飯は何かなぁとか、光忠は何を作ってくれてるんだろうとか、歌仙はもう洗濯物を配り終えたかな、とか、考えてはいたけれど。

「長谷部は私の一番だよ」

それを証明するために、うちわを置き、両手で長谷部の頬を包み込んだ。
そうして、その唇にそっと口付ける。
触れるだけの軽いキス。

「どう、かな?」

「足りません」

「えー!?」

長谷部の手が後頭部に回り、引き寄せられる。
再び唇と唇が重なり合い、今度は深く口付けられた。
長谷部の熱い舌にぬるりと上顎の裏を舐められてゾクッとする。
こんなこと、どこで覚えてきたの…。

でも怒らない。何故なら長谷部は私の一番だから。

「ね、長谷部は私にとって特別なの」

「ありがとうございます」

妙に色っぽい動作で唇を舐め、澄ました顔で言う長谷部が小憎らしい。

「主は俺が初めてだったのですね。申し訳ありません」

「長谷部!」

「皆にふれ回りたくなるほど嬉しいです」

「だ、だめ!内緒にして!」

「主命とあらば」

「もう…」

熱くなった顔をうちわで扇ぐと、すぐに長谷部にそれを奪われる。
ぱたぱたと扇がれ、ふうと息をついた。

とんだ夕涼みになってしまった。


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