「このたびは、審神者ご就任おめでとうございます」 政府から与えられた、真新しい本丸の一角。 桜の木がある庭をのぞむ離れの一室で、管狐のこんのすけと向き合って座りながら、ついにこの日が来たのだと感慨深く思う。 これから始まる日々を考えれば、身が引き締まる思いだった。 「姉上も非常に優れた審神者でした。政府は主さまに期待しております」 「誠心誠意努めます」 「それでは、早速初期刀を選んで頂くのですが……主さまの場合、特例としてもう一振りの候補を認められております」 こんのすけは、五振りの刀と並べて、もう一つ刀を置いた。 「姉上から預かっていた形見です。どれを初期刀に選ぶかはお任せしますが、しかし…」 もちろん、私が選ぶ刀は決まっていた。 六番目の刀を手に取り、意識を集中する。 きらきらと輝く光の柱が立ち上ぼり、中から一人の男性の姿が現れた。 「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」 「よろしくね、長谷部」 「は、お任せ下さい」 私の前に跪いた長谷部の淡い青紫の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。 彼が、刀剣男士。 私の初期刀。 不思議と初めて会った気がしない。 何故か懐かしい感じがした。 「えー、こほん」 見つめあう私達に、こんのすけが咳払いをして注意を引く。 「政府から入電を確認しました。読み上げます」 こんのすけがディスプレイに浮かび上がる指示を読み上げる。 「命令です。『歴史を変える敵を倒せ』…以上です」 言われるまでもない。 それが私の、いや、私達の仕事だ。 一通り任務について説明をすると、こんのすけは政府の機関へと戻って行った。 残されたのは、私と長谷部の二人きり。 「まずは、本丸の中を見て回りましょう」 「そうですね」 長谷部と私は離れの部屋を出て、母屋をぐるりと見て回った。 鍛刀をする部屋、手入れをする部屋などの審神者としての仕事に必要な場所は一ヶ所に集中していたのでわかりやすい。 生活に必要な、台所、お風呂場、トイレなどの場所なども確認しておいた。 特にお風呂は源泉かけ流しの温泉になっていて、二十四時間いつでも入れるのがいい。 「二人で生活する分には問題なさそうですね」 「そうだね」 長谷部に頷いてから、でも、と思い直す。 「長谷部を一人で出陣させるわけにはいかないから、早めに鍛刀して仲間を増やさないと」 「俺では頼りないですか?」 「そんなことはないけど…」 「大丈夫ですよ。全て俺にお任せ下さい、主」 やけに自信満々だなとは思ったけれど、その後の長谷部の働きは確かに素晴らしいものだった。 まず、私の身の回りの世話が完璧すぎた。 どうせ二人きりだからと、離れで一緒に生活しているのだが、朝は私よりも先に起きて身支度を済ませ、朝食を作ってから私を起こしにかかる。 私の着物の着付けまで手伝ってくれた上に、食事中もあれこれと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて、食べ終わったら、二人で後片付け。 私が洗濯物を干している間に広い本丸を隅々まで掃除して、畑を耕し、二人で種まきと水やりをした。 「この調子ならすぐに収穫出来るでしょう」 ジャージについた土を手で払いながら長谷部が言う。 政府から支給された味気ないジャージも、長谷部が着ると何だか可愛い。 「きゅうりが早く育ってくれるといいな」 私も額の汗を拭いながら畑を見下ろす。 「漬け物にもサラダにも使えるし、何より美味しいからね」 「収穫した際は、俺が浅漬けにしますよ」 「長谷部は料理が出来て凄いね。お陰でとても助かってるよ」 長谷部は和洋中、何でも作れる。 何でも、政府から支給されたタブレットでレシピを調べたらしい。 「主のためとあらば、何なりと」 長谷部はそう言って、清潔なタオルで私の汗を拭いてくれた。 「先に湯を使って下さい」 「うん、ありがとう」 沢山働いて汗をかいたから、お風呂に入ってさっぱりしよう。 こんな時、やはり温泉なのは有り難い。 「お背中をお流ししましょうか」 「い、いいよっ!一人で大丈夫!」 このように生活全般でお世話になりっぱなしの長谷部だが、刀剣男士としても彼は優秀だった。 たった一人で出陣して、難なく敵を全滅させて帰ってきた時には驚いたものだ。 他の本丸の長谷部を知らないので何とも言えないが、うちの長谷部、ちょっと強すぎない?と心配になるくらいに。 「だから、まだ鍛刀はなさらないで下さい」 戦場から戻って来た長谷部にそうお願いされては、言う通りにするよりほかなかった。 だから、この本丸にはまだ長谷部と私しかいない。 二人きりの本丸。 それがどれほど異常なことなのか、私はまだ気付かずにいた。 ──気付かないように、巧みに誘導されていた。 まるで優しく目隠しをするように。 |