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遡行軍を殲滅した第一部隊が帰還したのは、夜の帳が下りてすぐのことだった。
朝からずっと降り続いている冷たい雨に打たれ、誰もが疲弊しているように見える。
先頭を進むのは浅黄色の髪をした青年だ。
その髪も、きらびやかな襟や飾り紐がついた濃紺の軍服に似た装束も、しっとりと濡れている。
粛々と馬を進める彼が本丸の門を入ったところで、耐えられなくなり、なまえは駆け出した。

「一期さん、みんな!」

たちまち皆の顔が明るくなり、安堵と歓喜がそれぞれの顔に広がっていく。
それは青年も同じで、整った顔立ちに柔らかな微笑を浮かべて彼はさっと馬から降りた。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

お怪我はありませんか、と続けようとしたところで、暗い表情の鯰尾藤四郎がなまえの前に進み出てきた。

「俺を庇ったせいで、いち兄が…!」

だが、言われる前になまえは見つけていた。
一期一振の脇腹が赤く染まっているのを。

「一期さんっ」

「お気になさらずに……慣れていますから」

さらりと言った一期の手を引き、なまえは彼を連れて歩き出した。

「すぐ手入れしましょう!」

苦笑した一期が背後の者達を振り返る。

「着物を着替えてまいります」



屋敷の中を真っ直ぐ進み、手入れ部屋へと一期を連れ込んだなまえは、てきぱきと必要な物を準備した。
精製水とタオル、包帯とガーゼに軟膏、それに、打粉と拭い布。

まずは青年の身体の傷からだ。
一期に軍服の上を脱いで貰い、傷口を水で洗い流して拭き取ってから軟膏を塗りつける。
その上をガーゼで覆い、包帯を巻いていく。

「痛くないですか?」

「大丈夫ですよ」

「今日は大活躍だったみたいですね」

「お誉め頂き、ありがとうございます」

新しい上着を肩に羽織った一期が優雅に目礼するのを見て、なまえはようやく詰めていた息を吐いた。
だが、すぐに気持ちを切り替えて、今度は“本体”である刀の手入れを始める。
使うのは、打粉と拭い布。
打粉とは、日本刀の手入れに使われる道具のことで、絹の布に砥石の粉が包まれており、これで日本刀をぽんぽんと叩き、刀身についた古い油を拭い取りやすくするのに使われるのだ。

刀をぽんぽんと叩いていると、傍らからくすりと笑う声がした。

「一期さん?」

「いえ、貴女があまりに愛らしいので、つい」

「もう、からかわないで下さい」

「からかうなどと…本心ですよ」

くすくすと笑われて、あたたかな眼差しを注がれて、なまえは顔を赤くした。

「私のために必死になってくれている貴女が愛おしくてならないのです。無意識だとしたら、貴女は恐ろしい方だ」

「…一期さんは意地悪です」

「そうですか?」

柔らかく引き寄せられるがままに彼の胸に顔を埋めれば、どくり、どくり、と確かに命を刻む音が聞こえてくる。
外ではまだ花起こしの雨が降り続いていた。


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